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2:裁きの準備四年ぶりの城に、セレネはやや緊張した面持ちだ。神官のマトロスを先頭に、童女のセレナと先代の童女であるパラクラ、巫女のイーコス、セレネ、タラッタ、その後ろにディアリマが歩く。それをスクリスたち男衆が囲んだ。
まだ七歳のセレナだが、どこかこの世ではないところを見ているような、遠い目をしている。セレネとタラッタが神殿で暮らし始める少し前に童女となった。
一行がたどり着いたのは保管庫だ。見習いになりたてのタラッタが番をしていた場所である。浅浮き彫りにたまった埃の掃除をしたこともある。
「祈りの場、ですか」
セレネが扉に施された浅浮き彫りを見ていった。
「模様に紛れて文字が書かれていますよね」
「ここは王族が日々祈るための祈りの場であるが、まさか古代文字が読めるのか」
神官が驚いた様子でセレネを見た。巫女や男衆達も顔を見合わせたりしている。
「少し違うけど、書庫にあった文献の古い文字に似てるので、なんとなく」
「そうか。この模様の中には、確かに古代文字を飾り文字にしたものが彫られているが」
教えもせずに読めるのかと、神官が唸る。セレネは肩をすぼめて下を向いた。辛いことを思い出しているのだろう。タラッタはセレネの背中に手を当てて慰めた。
「まあいい。儀式に使う壺はここに入っている」
「王族は、ここが祈りの場であることをお忘れです。もう何代もここを使ってはいないでしょう。封じの解き方も伝わっていないようですし」
ディアリマが言った。神官は一つ頷くと、二枚の扉の取っ手に結びつけられた、封じの革紐を検める。タラッタはかつて弄んだことを思い出して冷や汗をかいた。
「封じは解かれていない」
神官に促されてディアリマが確かめる。
「はい、解かれておりません。確かに神殿で使う結び目の通りです」
タラッタはほっと息をついた。
「では、封じを解く」
複雑に結ばれた革紐は、進み出たセレナの手によってするするとほどかれた。絡まることのないそれは、正当な管理者が開けた証である。
神官はほどけた革紐を受け取ると、二枚の扉を手前に引いて開けた。タラッタは中を覗き込みたくなるのを抑えて待つ。
まずはセレナが祈りの場にに入る。神官とパラクラが付き添い、何か儀式をするようだ。
「御名を申し上げるのも畏れ多い天地之御中神、天之神、地之神、光之神、闇之神よ」
セレナが神々に呼びかけ祈る。時折足を踏みしめる音が響いた。神々への言葉が続く。
「セレネ、ここへ」
「はい」
セレネが祈りの場に入った。その後からディアリマが続く。開いた扉の前にさりげなく移動したタラッタは感嘆の声を上げた。小さいが美しい祭壇になっており、子供の目線ほどの高さの台に、五つの小さな壺が乗っている。
「セレネ、壺に手を当てなさい」
神官の指示で、セレネは中央の壺に手を当てる。
「この者がいかなるものであるか、天地之御中神のご判断を承りたくお願い申し上げる」
セレナが神への言葉を続ける。五つの壺すべてでそれを行うと、神官に指示されたセレネが跪いて祈りの形に手を組む。
「依代たる壺を神殿へお移しいたしますことを申し上げます」
セレナが深く頭を垂れて儀式は終わったらしい。タラッタも祈りの場に入ることを許された。
ディアリマは手で壺を示す。想像よりも小さく、幼子でも軽々と持てそうだ。口は小さく大人の手は中に入りそうにない。
「祈りに応じてこの壺に神が降ります。今はまた神々の世界にお帰りになりました。この状態で神殿へ運びます」
パラクラが中央の壺をとり、セレナに持たせた。神官とディアリマ、パラクラ、イーコスも一つずつ持つ。保管庫を出ると、神官は一度壺をスクリスに預けて扉の取っ手同士を革紐で結び、封じをし直した。
外に向かう廊下を歩く一行は老兵士とすれ違った。メラリスである。
「魔物憑きの命もあと僅か。これ以上地上にとどまることなく消えてほしいものよ」
セレネがの肩がはねるのを、タラッタは痛ましげに見た。
メラリスが一行の中にスクリスを見つけて目配せをする。
「わかっておろうな、魔物憑きには魔物憑きというご判断が下らねばならん」
「真に魔物憑きであればそう出ましょう」
スクリスが答えた。
今日からセレネの裁きが終わるまでは、一般の人が表の間で祈ることは禁じられる。祈りに訪れた人は、表の間の扉わきにある小祭壇を使うことになる。
表の間は厳重に清められ、祭壇を左右に分けて配置しなおすと、神官が奥の間の扉を開けた。
タラッタは、清めを行うことでセレネの付き添いとして同席を許された。表の間から奥の間を見上げる。装飾の無い大きな白木の台、その上にぼんやりと姿を映し出す鏡が焼き物の台座に立てかけられていた。
「あれが祭壇ですか」
セレネがぽつりと言うのを、ディアリマがそうだと答えた。
「鏡が天と光を、焼き物の土が地と闇を表しています」
さらに鏡は、神が降りる場となるそうだ。
セレナがパラクラに付き添われて奥の間に入ってきた。手には壺を持っている。それを白木の祭壇の、鏡の前に置く。神官とパラクラが一度左右に消え、壺を二つずつもって戻ってきた。セレナが一つずつ受け取り、鏡の左右に置いた。
それから祈りの言葉を唱えながら、不思議な舞のような動作で足踏みする。やがて鏡の前に戻り、深く頭を下げて儀式が終わった。