彼女に文字が読めるワケ

4章 神の裁き

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3:裁きの行方

 裁きの準備は着々と進み、二度目の焼き上がりの日を迎えた。
 あの晩以来、タラッタは元気がなく、セレネとも話しかけられなければ話さなかった。
「タラッタが緊張することないだろ」
 自分が異世界から来た男だと明かして以来、セレネはタラッタの前では青年らしい口調や態度で通している。
 その一方で、神殿の者と会話するときには、丁寧な言葉遣いをすることで、男らしさも女らしさも感じさせないように気をつけているという。
「もうすぐ俺の家族が来るけど、タラッタも会っていくだろ」
「じゃあ、セレネが話し終わったら」
 スクリスの行動を止められなかった申し訳なさで合わせる顔がないという思いを、タラッタは胸の底に押し込めた。
 食堂から自室に戻りしばらくすると、小屋の扉が叩かれた。
 タラッタが対応に出ずにいると、セレネが食堂から歩いてくる足音が聞こえた。
 それから、扉を開く音。家族を案内してきたキサラの声。
「セレネ……大きくなったな」
 ディニの声がした。

 キサラが外で待っていると言って扉を閉める。家族を前にして、セレネは微笑もうとした。だがそれは歪んだ形にしかならず、元気でいることを伝えようとした声は嗚咽になった。
 そんな自分に戸惑っていると、母が少し乾いた指先で涙を拭ってくれた。
 セレネは何も言わずに奥の食堂を指さし、先に立って歩いた。両親と、ヘリオ、スィレマが付いてくる。
「ちゃんと食事はしているの」
 ヴェガヒスの、母親らしい質問に、セレネは頷いて答えた。
「みんなは、どうしてた? 苦労したんじゃない?」
「セレネが気にすることないわ」
 すっかり大人らしい振る舞いを身につけたスィレマが答える。
「父さんは、ちょっと痩せたみたい」
「なに、太りすぎるよりはいいだろう」
「兄さんは、かなり大人っぽくなったし、ちょっと太ったかな」
「格好良くなっただろう。別の町に行けばかなりモテるんだぜ」
 自慢げな口調は強がりばかりでもないようだ。
「セレネがお家に帰ってきたら、結婚するのよ。相手の方は、二つ先の街の、大きなお屋敷の洗濯係さんだわ」
 スィレマが告げる。
「ヘリオも結婚したら、そこのお屋敷で住み込みのお仕事をさせて頂けることになって」
 ヴェガヒスがことさら明るい声を出す。
「そう、おめでとう」
「だからちゃんと帰って来い、セレネ」
 ディニの言葉に、ようやくセレネは微笑んだ。

 その日の午後、セレネは粘土板をかまどから取り出しに出かけた。その間にタラッタは神官の住まいを訪ねた。
 
 翌日の午後。完成した粘土板を壺に入れる儀式が始まった。割れた粘土板はなかったという。
 神官が種類ごとの箱に分けて入れられた粘土板を持って、表の間の段に上がったセレネのもとに運んでくる。セレネはそれぞれの箱から五つずつ取り出す。
「畏れ多くも天地之御中神、天之神、地之神、光之神、闇之神よ。我が身をご覧になり、我が何者であるかをお示しください」
 白木の小箱に移し替えられた粘土板にセレネが祈ると、それは神官の手によって奥の間に運ばれた。不要となったものはパラクラが大人の拳ほどの石で粉々にした。
 舞のような動作をしながら、セレナはさらに祈りを続ける。動作の合間に五つの壺の中に、それぞれの小箱からとった粘土板を納めた。その後、神官が封をした壺は五人の男衆が寝ずに見張るという。

 儀式が済んで小屋に戻ったセレネは、さすがに落ち着かない様子で自室に入っていった。神殿に入ってからは長くしている髪を梳かす櫛や、タラッタに文字を教えるために使ったパピルス類など、いつの間にか増えた私物を片付けているらしい。
 セレネは夕食も進まなかった。裁きの前夜と言うことで、チーズも省いたパンと野菜スープだけの食事にほとんど手をつけずに残した。タラッタも明るく振る舞うことが出来ない。
「おいおい、葬式にはまだ早いだろ」
 様子を見に来たキサラの軽口にも、二人とも何も答えなかった。
 外では、この秋初めての満月が輝いている。

 華やかな鞍を乗せた馬にまたがって、マクロミューティア王子が神殿に到着した。王の名代という扱いである。護衛にメラリスを含む中隊が付いているほか、文官の女性が一人、裁きの記録を残すために従っている。
 儀式を取り仕切るために厳重に身を清めている神官に代わって、スクリスが王子の出迎える。門から先は馬は入れない。兵士の一人が馬とともに外で待つ。一行が建物の前に進むと、水の入った壺と桶を持った男衆が待っていた。スクリスが、表の間に入ろうとする王子をやんわりと制する。
「王子、並びに表の間へお入りになる方は、こちらで身を清めて頂きます」
 打ち合わせ通り、数人の兵士が進み出る。その誰もが、他の兵士よりも整った身だしなみをしている。スクリスは武器や鎧の持ち込みを遠慮するように言った。
「清めを」
 兵士達の準備が済んだところで王子が壺の前に手を出す。男衆が柄杓で汲んだ水を王子の手にかける。簡単にだが、これで清めたことにするのだ。メラリスや兵士も後に続き、全員の清めが済んだところで扉を開けた。
「あれを魔物憑きにする最後の仕上げは」
 メラリスがスクリスにささやきかける。
「後は神のお心のままに。真に魔物憑きであるならばそう出ましょう。さあ、お席へ」
「あれは魔物憑きでなければならんのだ」
 スクリスはメラリスに再度席を勧めた。
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