彼女に文字が読めるワケ

4章 神の裁き

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 王子が着席したのち、セレネは表の間に入り、段に上がった。祈る形に手を組み、奥の間の方を向いて膝をつく。
 タラッタは、兵士達の後ろに席を用意されていた。慣れない神殿風のゆったりした服のせいか、着崩れを気にして何度もなおす。
「これより五大神による裁きを行う」
 神官の合図でセレナが奥の間に現れる。布をたっぷりと使った白い衣装がまぶしい。パラクラも陰に控えているようだ。
「畏れ多くも闇之神よ」
 セレナの声が響く。
「その御意志をお示しください」
 セレナが壺の中に手をいれ、粘土板を一つ取り出した。神官が奥の間へ入り、それを受け取る。大人の拳ほどある丸い石で包みを割る。それをセレナとパラクラに見せると、表の間に出てきて一同の前に掲げた。
「闇之神の御意志は、セレネは神の使いである」
 表の間がざわめいた。セレネがハッと顔を上げる。王子は真剣にことの成り行きを見守っている。
「ご静粛に。五大神の|御前《おんまえ》である」
 神官の言葉に皆は口を閉じたが、厳粛な雰囲気は少し乱れてしまった。
 続いてセレナが光之神に問う。
「光之神の御意志は、セレネは神の使いである」
 再びざわめく。それを神官が抑えて裁きは続く。
「何かの間違いだ」
 神官が四柱目の神意を告げると、メラリスが顔を真っ赤にして立ち上がり叫んだ。
「お静かに」
「この裁き、これが魔物憑きかどうかを判定するもののはず。それがなぜ神の使いなどという神意が出るのだ。そのような粘土板を入れるなど神話にないはず。それがここまですべての神の意志としてでるなどありえるか」
 神官に詰め寄ろうとするメラリスを、男衆が押し戻し、椅子に座らせた。
 神官は何事もなかったかのように裁きの続ける。
「畏れ多くも天地之御中神よ」
 セレナの声が響く。
「その御意志をお示しください」
 奥の間の祭壇の中央に置かれた壺に、セレナが手を入れる。
 取り出された粘土板の包みを神官が割った。先ほどまでと同じようにセレナとパラクラに見せてから、それを持って表の間に出てくる。
「天地之御中神の御意志は、セレネは神の使いである」
「いいいい、陰謀だ。これは、町を日照りにした魔物憑き。魔物憑きでなければならんのだ」
 メラリスが叫ぶ。
「誰かが粘土板に細工をしたに違いない。兵士の小僧、お前か、お前だな。お前は魔物憑きと親しいから誑かされたんだ。そうでなければ、魔物憑き以外の判定が出るはずがない」
「なぜ魔物憑き以外の判定が出るはずがないのか、説明を求める」
 神官が問う。
「そ、それは、それは」
 神官がセレナに視線を向けた。
「セレネは【魔物憑き】と【人】と【神の使い】の粘土板を用意した。我は天地之御中神にそれを誓う」
 セレナが厳かに告げた。
「細工がされていなければ、【神の使い】も【人】が出てもおかしくない。それなのになぜ【魔物憑き】と出ると断言できるのか、ご説明を」
 神官ががたたみかける。
「そ、それは」
「タラッタ、見たままを言いなさい」
 神官の言葉に、タラッタは立ち上がり、前に進み出た。
「俺は、スクリスさんがメラリスと会っているところを見ました。スクリスさんがこそこそ粘土板を作っているところも、夜中に粘土板を持って、セレネが作った粘土板が置いてある方から出てくるのも見ました」
 神官が頷く。
「スクリス。何か言い分があれば聞く」
 スクリスが扉の側から進み出た。
「私は、そこのメラリスの息子です。父は以前よりセレネを魔物憑きとすること、それによって王子を魔物憑きを退治した英雄として王位に就かせ、孫を嫁がせて子をなし王の血筋を乗っ取ること計画をしておりました」
 スクリスは神官の前に膝をつき、祈りの形に手を組み、頭を下げた。
「粘土板をすり替え神意に干渉したことをお詫び申し上げます」
「スクリス。お前の処分は後で言い渡す。メラリス」
「ななな、何をいう、わしは知らぬ。そこまで言うなら証拠を出せ」
 神官がタラッタに目配せした。タラッタが頷く。服の首元から手を入れてパピルス紙の束を取り出す。
「スクリスさんが使っていた町の家に、メラリスからの手紙が残っていました」
「読み上げよ」
「『文字を読みこなすちょうど良い者が見つかった』『水場についての古文書はないか』『【魔物憑き】の粘土板を用意してすり替えればよいだろう』」
 神官がもう良いと頷く。
「すすすすべてでっち上げだ。確かこの兵士は文字か読めないはず」
「ならばそこの文官」
「はい」
 兵士とともに座っていた女性が立ち上がる。
「別の手紙を読み上げてみよ」
 タラッタが文官に紙の束を渡す。
「『あれが水場についての古文書を見つけた』『神殿に王子の名で訴え出る』」
 文官が読み上げた。
「すべてにせ物だ。手紙はすべて処分するようにと、あ、いや、それはだな」
「メラリス、これ以上見苦しいまねをして裁きの場を穢すつもりか」
 メラリスはなおも言葉を探す。それを止めたのは王子であった。
「メラリス。あのものが魔物憑きであると王族を謀ったこと、すでにスティーニから父へ報告があった。その手紙も、父がご覧になった。今頃はお前の部屋を父の手のものが探っているはず」
 王子の言葉に、メラリスが真っ青になった。
「そ、そんな、それでは、わたしは、」
「城での調べが終わり次第、父から直々の沙汰がある。神官、すべては私の操られるような未熟さにより招いたこと。お詫びいたす」
 王子が席を立ち、神官の前で頭を下げた。

 その後、メラリスを退席させ、王子については神殿で裁く必要なしと神官が告げた。
 五大神すべてが【神の使い】の意を示したようにも見えた裁きだが、そこに人間の意思が入り込んでいることがタラッタには気に掛かった。
「神官様、セレナが」
 奥の間からパラクラが声を上げた。
 見ればセレナが遠い目をして、セレネを指さしている。
「知之神の使いよ、天地之御中神からのお言葉である。学ぶことを忘れた世の救いたれ」
「今の言葉、時之神の真の言葉と認めるものである」
 神官が宣言した。
「よって、セレネを知之神の使いと神殿は認める。魔物憑きであることは否定された」
 続く神官の言葉に、タラッタはほっとため息をついた。
 
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