彼女に文字が読めるワケ

4章 神の裁き

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「どうやって神意を問うのかがわからないとなんとも言えないな」
 タラッタが城で聞いたことを告げると、セレネは腕を組んで唸った。女性らしい丸みを帯び始めた十四歳の少女だが、タラッタの前では青年らしい言動をとる。これが別の世界で生きた記憶を持つセレネの、素の性格らしい。
 簡素なワンピースで過ごすセレネは、柔らかさとボリュームを増しつつある胸元が見えそうになるのにも無頓着だ。十八歳、神殿の外では結婚相手を探してもおかしくない年齢になったタラッタは、気まずさから視線を外すこともしばしばだ。
「神が童女に神意をどう伝えるのか、そこにどう細工をするのか。それが判ればもしかしたら」
「なんとかなるか」
 タラッタが訊ねると、セレネは肩をすくめた。
「さあ。ともかく、裁きの準備は明日から。出来ることを探すしかないだろうな」

 神殿で行う裁きは格式の高い神事である。神意を問う日までの二五日間、セレネは童女が使う井戸から汲んだ水で身を清める。
 セレネ達が使っている小屋は、本来神事に参加するものが身を清める期間を過ごすためのものだと、早朝に水を運んできたディアリマが言った。
「寒い」
 初日の清めを終えたセレネが、真新しいワンピースをまとって食道に現れた。水を頭からかぶり、冷えている。
「今日は裁きの流れについて説明します」
 それには構わずディアリマが話し始めた。
「神のお言葉の伝え方は、童女が時之神をその身に降ろしてお話になる方法、時之神が童女に告げて、童女がその内容を代弁する方法があります」
 神の言葉は、すべて時之神と童女を通して伝えられる。その真偽は神官が判定する。神官がいないところで伝えられた言葉は正式なものとしては扱わない。
「ですが、裁きでは五大神の御意志を直接伺います。五大神のお力はとても強く、ほんの一欠片であっても人の身に降ろせるものではありませんし、お声を聞くのも畏れ多い」
 なので別の方法で神意を伝えるのだ。
「セレネには裁きの準備として、粘土板を用意して貰います」
「粘土板」
 タラッタが疑問の声を上げた。
「土をこねて、焼き固めたものです。神話によれば【人】と書いたもの、【魔物憑き】と書いたものを五枚ずつ用意して祈りを捧げ、さらに粘土で包んで封をします」
 その後に、それぞれの神を表す壺に【人】と書いた粘土板と、【魔物憑き】と書かれた粘土板を一枚ずつ入れる。さらに祈りを捧げた後、裁きの当日、それぞれの壺から一枚ずつ取り出す。出たものをその神の御意志とするのだ。
「なんだかまどろっこしいな」
 タラッタが呟くと、ディアリマは窘めた。
「神の御意志は、気軽にお伺いするものではありません。土之神の眷属である土をこね、天之神の眷属である太陽に当てて乾かすことで天地が混じり合うことを表します。さらに光之神が支配する時間と闇之神が支配する時間を重ね、神のお力を込めるのです」
 準備に込められた意味に、セレネが頷いた。
「形式を守らなくてはいけないのですね」
「そうです。特に今回は命に関わる事柄です。疎かには出来ません」
 明日は城へ道具を取りに行く。神殿が勝手に裁きを行わないように、壺は城に保管してあるのだ。また、罪を犯し城で死罪が適当と判断された場合も、神殿で改めて神意を問うことになっている。
「この百年以上、そのようなことは無かったようですが」
 ディアリマがタラッタに向き直った。
「神事の前に一度、セレネの家族が面会に来ても構いません。タラッタ殿、ご都合を聞いてきて頂けますか」
 タラッタは喜んで引き受け、夕方の自由時間に出かけることにした。
 
「良いなスクリス。わかっているな」
 神殿にほど近い寂れた飲み屋である。酔ったメラリスが言う。壮年の男、スクリスは黙って相手をしている。
「あの王子が即位して、我らはようやく政治の中枢に近づけるのだ。テベリスの娘が嫁いで子をなせば、我らが二百年の悲願がようやく叶う」
 何度も聞かされた老人の繰り言だが、セレネが神殿に入って以降は、内容が具体的になっている。
「そう巧くいきますか。姉さんが承知するかどうか。義兄さんは第一王子派の大臣ですし、廃嫡になればそのまま失脚も」
「娘が将来の国王の母になるのだ。承知しない訳がない。大臣は鞍替えさせればいい」
 メラリスが眠そうに目をこする。
「上の王子は幼い頃から婚約者はいるわ側近がいるわだったが、あの王子は扱いやすい」
 やがてメラリスが寝息を立て始める。
「そのために女の子を殺せ、か」
 やけに苦い酒を、スクリスは飲み干した。

 それを物陰から盗み聞く人物が一人。気がついたスクリスだが無視して酒を飲み続ける。こちらが気がついたことを感じたらしいその少年は、慌てたように駆けだした。
 
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