彼女に文字が読めるワケ

4章 神の裁き

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1:陰で動くもの
 
「異世界転生、って言ったら信じるか? 別の世界で死んで、この世界で生まれ変わったと言ったら」
 セレネの言葉に、タラッタは何の反応も返せなかった。
「俺がいたのは、神様のいる世界じゃない。魔物の世界でもない。ここではないけれど、普通の人間が暮らす世界だ」
 セレネ淡々と告げる。
「そこで俺は男で、二十歳まで生きて、死んだ。気がついたらこの世界で生まれていた。前の人生の記憶を持ったままだった。転生、したんだと思う」
 訳がわからないよなと、セレネは青年らしい口調で呟いた。
「前にいた、世界って」
「ここよりも発展していて、沢山の機械もあった。沢山の国があって、俺のいた国は勉強は子供なら誰でも学校に行ってするし、大人になったら働く。ほとんどの人が基本的な文字は読める。電気があって夜も明るく過ごせるし、遠くのやつと話せる機械もある。ここよりもっと清潔だし、病気は大体治る」
 堰を切ったようにセレネから言葉があふれる。タラッタはただ聞くしかなかった。
「俺は、俺は別の世界から来た。それを魔物憑きと呼ぶなら呼べばいい。それに俺は一度死んだんだ。だからもう一度死んだって、同じだよな。魔物憑きとして始末されるならそれでも仕方ないよな」
「でもセレネ、震えているじゃないか」
 タラッタはテーブル越しに手を伸ばした。十歳の、小さな女の子の手を握る。
「仕方が無いなんてことあるかよ。お前は人間なんだろ。何度生きても人間は人間だろ。別の世界から来たって人間だろ。俺はお前が人間だって信じる。ずっと信じてたし、これからだって信じる」
「だって、中身は二十歳過ぎた男で、見た目は女。魔物憑きも中身と見た目が違うんだろ。俺だって同じことじゃないか」
 セレネが叫ぶ。小屋の外に誰かがいれば大問題になる発言だが、それを気に掛ける余裕はどちらにもなかった。
「俺だってこの体に別の存在が憑いているようなものじゃないか。処分されたっておかしくないんだ」
 セレネの目にうっすら涙が浮かぶ。
「そうだとしても、お前はちゃんと人間だろ。裁かれるいわれなんて無い。人間なんだから」
 タラッタの言葉に、セレネ弱々しく笑った。
「人間だよな。俺は、人間でいいんだよな」
「ああ、どこからどう見ても人間じゃないか。裁きなんかで処分させてたまるか」
 タラッタは立ち上がると、セレネのすぐ側に歩み寄った。抱き寄せると、見た目よりも小さく感じる。不安と恐怖に震えるセレネの背中にしっかりと腕を回した。
 一瞬こわばったセレネだが、やがて頭をタラッタの胸に預けた。
「仕方が無いなんて言うなよ。せっかくもう一度生きてるんだ。生きることを考えろよ」
 少し間があってから、セレネが頷いた。
 
 それからの四年間は、セレネが悪意にさらされることのない日々だった。キサラの言葉に不快になることもあるが、悪気はなさそうだと言うこともわかってきた。
 この世界から見れば高い教育を受けたらしいセレネの指導のおかげで、タラッタは無事すべての文字を覚えることが出来た。
 セレネは三日に一度、体を弱らせないために神殿内を歩くことや、時々は畑まで散歩に出ることを許された。
 タラッタは、休暇と称して神殿から出て、中隊の兵士達と連絡を取ったり、セレネの手紙を家族に届けたりした。セレネの両親は文字が読めず、ヘリオとスィレマは読めるものの十分ではない。タラッタが代読すると大層喜んだ。
 
 その日もタラッタは、セレネの様子を伝えるために町に出かけていた。セレネの家族に手紙を届けて代読した後、城に向かう。新たな見習いが緊張した面持ちで持ち場についているのを微笑ましく見ながら詰め所に向かった。
「メラリス、魔物憑きの始末はまだ付かないのか。何年かかるのだ」
 マクロミューティア王子の声が、作戦室から聞こえてきた。タラッタは息を潜め、扉の前で聞き耳を立てた。
「こればかりは、お待ち頂くしかありませんな。ですがあれももう十四歳。裁きの日も近いでしょう」
「確実に始末できるんだな」
「手のものが神殿におります故、ご心配なく。裁きがすめば王子は町を魔物憑きから救った英雄。王位も間違いないでしょう」
「だが我が母は元は兄たちの母親付きの女官長。本当に王位に就けるものなのか」
「今はご側室で、あなたは王位継承権もある。気になさることはありません」
「だが、兄たちの方が父上の覚えも」
 王子が反論するのをメラリスが遮った。
「何代も前の和平の約束のために余所から嫁いだ方のお子よりも、この町で生まれ育った方をお母様に持つあなたの方が、この町の王によほどふさわしい」
 それに、とメラリスが声をひそめる。
「いざとなれば謀反を起こさせますのでご心配いりません。まずはあれの始末がもうじき。神のご判断は『魔物憑き』となるよう、手のものが確実にいたします故。裁きには王子もご臨席されるのが良いでしょう」
 話が終わった気配に、タラッタはそっと扉の前を離れた。
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