彼女に文字が読めるワケ

3章 神殿暮らし

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1:神殿

 タラッタは、護衛として付いてきた中隊の兵士達と別れて神殿の門をくぐった。正面に人々が祈りに訪れる表の間、その左右に廊下で繋がって建つ二階建ての建物が見える。向かって右の建物が女性の、左の建物が男性の宿舎だという。表の間の入り口の脇には小さな祭壇が設けられている。
「父さんが、ここで知の神様に何度も祈ったって言ってた」
 セレネがぽつりと言った。知の神は夜の眷属。祈るのも夜が良いとされている。
「セレネちゃんが文字を読めるのはそのお陰かもしれないね」
 セレネを神殿まで連れてきた男衆達は、出迎えた数人の巫女に彼女を任せると、普段の仕事に戻っていった。
 
 巫女達に連れられて表の間に入る。奥に大人の膝の高さほど床が高くなっている部分があった。さらに奥はもう一段、そこから大人の腰の高さほど高くなっていて祭壇が設置されている。タラッタはきらびやかな装飾の施された祭壇を見上げた。セレネも表の間に並べられた長椅子の一つに座り、神妙な表情をしている。
「ご存じでしょうが、町の人々が祈りに訪れたときには、こちらの祭壇に祈りを捧げます」
 一段上がった場所に位が高そうな衣服を着た巫女が立っていた。
 町の人は、人生の節目や願い事があるときに人々は神殿で祈りを捧げる。
「俺は、生まれたとき以外に来たことがないからよく知らないんだ」
 神殿を訪れる人は少しずつ減っているらしい。昔は毎年その人が生まれた季節になると感謝の祈りを捧げ、成長して見習いになるとき、晴れて成人するときに神の加護を願う習慣があった。今は子供の誕生や結婚、亡くなったときだけという人も増えている。
「人々が祈りに訪れたときに、ここで儀式を行うのは、私のような、童女を終えた巫女です」
 神殿に使える童女以外の女性をまとめて巫女と呼ぶが、儀式を行う巫女は別格のようだ。
「申し遅れました。私はディアリマと申します」
 巫女が名乗った。
「俺は」
「タラッタ様ですね。そちらがセレネ」
 セレネは黙って頭を下げた。タラッタもそれに倣う。
 ディアリマはそれを見て軽く頷くと、祭壇を手で示した。
「この祭壇のさらに奥には、童女が神に祈りを捧げ神の声を聞く奥の間があります」
 童女と神官、先代の童女であった巫女しか立ち入りを許されない場所だ。
「わたくしもすでに立ち入る資格を失いました。こちらへ。オーディー、イーコスは一緒に。後のものはもういいわ」
 ディアリマに従い、右側の壁の真ん中辺りにある扉から廊下に出る。まっすぐ進めば女性用宿舎だ。タラッタは心持ち首を伸ばして様子を覗った。
「男子禁制です」
 付き添う巫女イーコスの言葉が険を帯びる。慌ててタラッタは目を背けた。ディアリマとオーディーが笑みを交わす。
 
 廊下の中程にある扉から外に出る。神殿の奥側だ。
「あそこに見える建物は童女と、先代の童女が暮らしています。むやみに近寄らないように」
 表の間と宿舎に挟まれた通路が終わった先を示す。さらに先に見える塀までが神殿の敷地だ。
 童女の住まいの二階から表の間の祭壇の裏手の建物向かって廊下が延びている。その廊下に沿って裏庭を歩く。
 祭壇の裏手にある建物は、童女が祈る奥の間だ。高い柱に支えられ、地面からは離れて建てられている。表の間からも廊下で繋がっている。
「王族がいらっしゃるときには、表の間の祭壇を除け、奥の間にある戸を開けるて、表の間から奥の間の神事をご覧いただきます」
 ディアリマが説明する。神事を行うときには神官が控え先代の童女が付きそうとイーコスが付け加えた。
「セレネ、あなたの裁きを行うときも、王族の参列を乞うことになります」
 ディアリマが視線を奥の間からセレネに移した。
「神々のご判断には、何があっても従わねばなりません」
 セレネは裁判の話に、静かに頷いた。
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