彼女に文字が読めるワケ

3章 神殿暮らし

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 表の間から続く廊下の下をくぐり、奥の間を挟んでさらに続く廊下に沿って歩く。
 一年近く自宅に籠もっていたセレネは、そろそろ歩くのが辛そうにしている。タラッタがそっと背中を支えた。
 セレネが頭一つ分以上背の高いタラッタを見上げる。目が合ってしまい、タラッタは照れたように視線をそらした。
「こちらが神官の暮らす建物ですわ」
 オーディーが示す、廊下の先にある建物は三階建てだ。最上階は大きな鐘がつけられている。
 神官の住まいと塀の間には別の建物があった。今まで見てきたどの建物よりも簡素だ。
 振り返ると表の間と男性の宿舎との間が通路になっており、その先に廊下が見える。小屋を除けばほぼ左右対称で、神殿の敷地の奥半分をぐるりと回れる作りになっているのだ。
「こちらです」
 巫女達は神官の住まいから延びる廊下の下をくぐった。タラッタとセレネも従う。
「こちらがセレネの住まいとなる建物です」
 ディアリマが言う。オーディーに扉を開けさせると、セレネとタラッタを中に入れた。
 入り口の正面に伸びる廊下の左右に二枚ずつ戸が見える。
「手前の二つが個室です。セレネは右、奥の間側に部屋を用意しました。タラッタ様は左手前をご使用ください」
「はい」
 早速自分の部屋を確かめるセレネに付き添い、タラッタも戸口まで進む。
 簡易的なベッドとテーブル、それにクローゼットのある室内は、町の標準的な家と同じような作りだ。ただし、一人で一部屋使うことが出来るとかなり広く感じる。
「洗面や用足しには、二人とも左奥の部屋をご使用くださいな。井戸は使っていただけませんが、水は男衆に運ばせますからご心配なく。右奥は食堂ですが、お二人で自由に使って構いませんわ」
 オーディーが言った。タラッタより少し年上のようだ。
「建物の扉に封じはいたしませんが、セレネは許し無く決してこの建物から出ませんように」
 イーコスが厳しい口調で言う。老齢と言える年齢であるようだが、背筋も伸びてテキパキとしている。
「オーディーと、男衆のキサラをお世話係につけます。キサラには後ほど挨拶をさせます。タラッタ様、ご用がありました男衆の宿舎までお知らせください。女性の宿舎にはむやみに近づかないように」
 ディアリマがそう告げて、巫女達が下がっていく。タラッタはほっと肩の力を抜いた。

 持ち込んだ着替えや手荷物を整理するために、タラッタは与えられた部屋に入った。
「これからは暇かな」
 護衛と言っても、セレネが出歩くことはない。つきっきりで監視をする訳でもないので、手持ち無沙汰な時間が多くなりそうだ。
 人目に触れなければという条件で剣の素振りは許されているが、それだけでは一日を潰せない。
「生活するって、案外やることが多かったんだな」
 水汲みに薪拾い、薪割り、食事の支度に片付け。仕事が休みの日にも暮らしを整えるための細々とした用事が多く、暇だと感じることはあまりなかった。
 神殿では出入りできる場所が制限されていることもあり、大抵のことは世話係に任せることになる。
 
 物思いはノックの音で中断された。
「はい」
「えっと、挨拶に行けって言うから来たんだけど」
 少年の声がする。タラッタがドアを開けると、オーディーと同じくらいの年の男が立っていた。
「キサラです。なんか、世話係に任命されました。あんたがセレネ」
「タラッタです。セレネの付き添いの」
「ふうん。じゃあセレネは向こうか」
 キサラが振り返る。タラッタはキサラのわきを抜けてセレネの部屋のドアを叩いた。
「はい」
 セレネはすぐに出てきた。
「どうも、世話係のキサラです。へえ、あんたが魔物憑きちゃんか。よろしく」
「よろしくお願いします」
 セレネは丁寧に挨拶を返した。
「神様に裁かれるまで、楽しくやろうな」
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