彼女に文字が読めるワケ

3章 神殿暮らし

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2:神話

 神殿の暮らしは規則正しい。神官と巫女達、それに男衆達は毎日明るくなる前に起きる。時を告げるのは神官の役目で、日の出と日没、季節に応じて決められた時間に神官の住まいの三階にある鐘を鳴らして知らせる。
 祈り、清掃、神話を読む、食事、すべてが規則に従って行われる。セレネとタラッタも与えられた住まいで同じように日々の行事を行うよう求められた。
「太陽の角度で計っているのか」
 セレネが昼の鐘に耳を塞いでいた手を離して呟いた。セレネとタラッタが暮らす建物は鐘に近すぎてうるさいのだ。
「じゃあ曇ったり雨が降ったりしたらどうするんだ」
 タラッタの疑問にセレネは水時計か香時計か、と呟いた。
「私には難しいことは判りませんわ。でも神官様は時の神様にお願いして時間を教わっているのですわ」
 鐘の余韻が消え、昼食の給仕を再開したオーディーが答えた。パンと干し肉、チーズは戸棚から出す。小鍋で運んできて食堂で温め直したスープからはおいしそうな湯気が立っている。
「お名前をお呼びするのも畏れ多い命の神、水の神、大地の神、小麦の神より賜りました糧をいただけますことを感謝いたします」
 神殿に来て初めての食事の時に教わった祈りの言葉をセレネが唱える。タラッタも横で手を組み声をそろえようとし、結局は口をもごもごさせるだけに終わった。ここでの生活はまだ三日目、長い文句を覚え切れていないのである。
「ではまたお夕飯の時間に来ますわ」
 オーディーが立ち去ると二人は食事を始めた。タラッタは緊張していた背中を緩めるとパンを手に取る。
「毎度毎度、神に祈るのもちょっと面倒だな」
「神殿のやり方に従わずに問題視される方が面倒」
「それもそうか」
 タラッタは兵士の詰め所で出されるものより大きなパンを口に押し込んだ。

 昼過ぎの鐘から次の鐘までの時間を、巫女と男衆は神話の勉強に当てる。今日からはセレネとタラッタもそれに倣い、神話集を読む。
 教えるのはディアリマである。
 普段着らしい白い簡素な服をまとって、昼食の片付けを済ませた食堂に入ってきた。
 手にしていた神話集を、二人の前に一巻ずつ置く。
「セレネ、最初の部分を読み上げて」
「はい」
 セレネが巻物を肩幅ほどに広げた。巻いてある部分はまだたくさんありそうだ。

☆★☆
 天地の未だ別れざる時、初めてお生まれになった神はの名は、天地之御中神。お姿を顕かにされることはなかった。
 天が定まったときにお生まれになった神の名は、天之神、すなわち天上を司る神。兄である。地が定まったときにお生まれになった神の名は、地之神、すなわち大地を司る神。妹である。二柱の神はこの世で初めての兄妹であり、またこの世で初めての夫婦である。
☆★☆

「お名前を申し上げるのも畏れ多い天地之御中神によってこの世は天と地に別れ、天之神と地之神の二柱の神によって、天と地は保たれています」
 ディアリマが説明する。タラッタはどこを読んでいるのか見当も付かなかった。視線がさまよっているのをめざとく見つけてディアリマが指摘する。
「タラッタ殿、ただ聞いているだけの時間ではありませんよ。今は神話集を読む時間です」
「読めません」
 タラッタは小声で言ってうつむいた。
「学校では何をしていたのですか」
 ディアリマの声が厳しくなる。
「神話集の初めくらいは読むでしょうに。ゆっくりと文字を指で追いながらならわからなくなりませんよ」
「学校には行っていませんでした」
 ディアリマが眉をひそめた。
「学校にも行けないほど貧しい暮らしをしていたとは思えませんが」
 タラッタが悔しそうに唇を噛む。
「町では、学校に行くのは特別に裕福な人だけです。ほとんどの人は学校に行きません」
 の説明に、ディアリマは首をかしげた。
 
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