彼女に文字が読めるワケ

3章 神殿暮らし

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 町の人は文字を知らない。
 セレネの言葉にディアリマは困惑した。頭を二、三度振ると、気を取り直してタラッタに向き直った。
「城で働くあなたのような人も、学校へは行かないのが当たり前なのですか」
「はい」
 信じられないというように、ディアリマは首をひねった。
「兵士も文字とは無縁では無いでしょうに」
「大抵のことは文字がなくても何かの絵や印でまかなっています。上の立場になる人は大人になってから文官に文字を習ったり、裕福で学校に行くことが出来た人です」
「学校に行かないのは特に貧しい人だけだと思っていました。神殿へ入るのは、貧しい家庭の、見習いにもならない年齢の幼い子供がほとんど。捨てられるようなものですから当然学校へ行ったことはありません」
 神殿は祈りの場というだけでなく、家庭で育てられない子供の受け皿にもなっているのだ。見習いになる歳で神殿に入る子も、貧しい家庭出身が多い。
「家庭で育つような子供ならば、皆学校へ行くのだと思っていました。昔はそうだと伝わっていますし。だから、町の人と同じように文字が読めるようにと、神話集の勉強を通して文字を教えているのです」
「町では、文字が読めればかなり良い暮らしが出来ます。学校でも神話は読みませんでした」
 セレネが口を開いた。タラッタが巻物に視線を向ける。
「私たちはほとんど町に行くことはありません。暮らしに必要なものはほとんど自分たちで賄いますし、足りないものは商人が売りに来ます」
 ディアリマは、だから町のことはほとんど知らないのだという。
「政府、王族と宗教が分離しているのはいいことかもしれないけど、神殿と俗世が分離しすぎているのも考え物か」
 腕を組んでセレネが言う。タラッタにはさっぱり意味がわからない。ディアリマもきょとんとしている。
「いえ、何でもありません」
 セレネが珍しく慌てたように手を振った。
「学校で神話を教わらなかったというのならば、午後のこの時間は、裁きを待つセレネに神話を教えなければなりません。私がタラッタ殿に文字を教える余裕はないでしょう」
 このままでは神殿内で唯一文字が読めない人になる。今までは文字が読める人がほとんどいない環境にいたため感じなかった劣等感がタラッタを襲った。

 ひとまず今日は神話の続きをセレネが読み上げることになった。
 
☆★☆
 天之神と地之神によりお生まれになった神は、姉の神たる光之神、および、弟の神たる闇之神。
 ここまでの神を五大神という。
 これにより世界は光と闇に別れた。光之神と闇之神は、どちらがこの世を治めるべきかを争った。天之神は光之神に味方し、地之神は闇之神に味方したが、決着は付かなかった。この世に光と闇が交互に訪れるのはこのためである。
 
 光之神と闇之神の争いによって世界に光と闇が交互に訪れたことにより、時之神がお生まれになった。
 
 天地之御中神は時之神の口を借りて言葉を四柱の神に伝えた。曰く、光之神は昼の世界を治めよ。闇之神は夜の世界を治めよ。また天地之御中神は、昼の世界と夜の世界を交互に治めよとお命じになった。これによって、時之神は天地之御中神の言葉を神々に伝えるかんなぎとなった。
☆★☆

「童女は、名前を呼ぶのも畏れ多い時之神をその身に降ろして、神々の言葉を伝えます」
 ディアリマが説明する。
「今日はここまでにしましょう」
「はい」
 タラッタが返事をする。セレネは礼を言って頭を下げた。

 ディアリマが小屋を出ると、セレネは巻物を手に自分の部屋に戻ろうとした。
「セレネ」
 タラッタがとっさに呼び止める。
「何」
 タラッタは意を決してセレネに向き合った。
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