彼女に文字が読めるワケ

終章

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それぞれのその後

「かえって大変な目に遭った気分だ」
 秋にあった裁きから季節を二つ越えて、春。一度、家族の元に帰ったセレネだが、近隣住民の腫れ物に触るような扱いに耐えかねて、神殿に避難してきている。
「なんたって神の使いだもんな」
「それに家族にもなんだか申し訳ない」
 その家族も、せっかく元の家に戻ったが、やはり周囲の好奇な視線に苦労し、町の外の家での暮らしを選んだ。
 ヴェガヒスは自宅の隣に織物工房を建て、スィレマや気の合う数人の職人を雇っている。自分も珍しい女親方として、上等な布を織った。
 ディニは商人の荷運びを手伝った経験から、複数の町に独自の販路を持つ商人になった。扱うものは、ヴェガヒスの工房の布を始め、髪飾りや靴など、女性が身にまとうもの全般である。
 そしてヘリオは。
「旦那様が今日の教会へのお出かけに付き添うようにと」
 執事に言いつけられヘリオは、着慣れない正装に身を包み、主人の荷物持ちとして外出に同行した。元々は屋敷の下働きになるはずであったが、セレネが神の使いであると知った信仰の厚い主人の意向により、執事とともにすぐ側で仕えるようになった。ゆくゆくは使用人を束ねる執事になるため、文字や計算の勉強も欠かせない。
「まったく、また脱ぎ散らかしたままよ。皺になったら取れないんですからね」
 夜、与えられた夫婦の部屋に帰ったヘリオは、早速妻の小言をくらった。
 冬の初めに結婚した妻は、洗濯係から奥様の部屋係に大出世である。こちらもゆくゆくは、女性使用人を束ねることが期待され、習ったことのない文字に悪戦苦闘している。
 
 城での厳しい調べに、とうとうメラリスはすべてを白状した。その結果、城の地下牢に生涯幽閉されることとなった。
 自分は前王朝の末裔で、前王朝の城に兵士が攻め込んだときに、使用人に紛れて町の外に脱出した第九王子の血を引いている。不当に血筋をたたれた恨みを忘れずに持ち続けている。曾祖父の代にようやく町の中に戻り、兵士として城に入り込んだ。自分たちの血筋を王位につけることで復習とするつもりだった。
「古い城からなんとか持ち出した記録を使って、何代か前までは古い文字の練習をしていたらしい。メラリス本人は勉強熱心ではなく読めないそうだが。城の書庫に時々紛れ込ませて、それを読める人を魔物憑きに仕立てるつもりだったそうだ」
 神官が城から伝えられた内容をタラッタとセレネに説明した。
「ちょうど日照りが続いた頃、古い水場の情報を見つけました。町の役に立てられないかという私の思いと、セレネ様が魔物憑きであることを神殿に認めさせたい父の思惑が一致してしまい」
 スクリスが先を続けた。冬の間は謹慎をしていたが、春になって男衆としての役目に戻った。
「それを私が見つけた」
「はい。水場は見つかっても見つからなくてもあなたを魔物憑きとして神殿に訴え出ることには変わらなかったでしょう」
「もし、セレネがその書類を見つけなかったら」
 タラッタが疑問を挟む。
「私は私で、あの記録を参考に水場を探していました。記録が見つからずともいつかは探し当てたかもしれませんが」
「王の間に着目して探させたのはさすがとしか言い様がありません」
 神官やスクリスを初めとする神殿関係者に敬語で話されると、なんとなく居心地が悪く感じるセレネである。しかし【知之神の使い】として敬われる立場になってしまった以上文句は言えない。
 城で文官の長をしているスクリスの姉テベリスとその娘ラリーは、利用されかかっただけと言うことで、今回に件に関しては罰せられることはなかった。ただしテベリスは、父親に命じられてとはいえセレネを不当に書庫整理の役に就かせて孤立させたことを責められて降格、それをきっかけに退職した。テベリスの夫である大臣は、第一王子派ながら身内にマクロミューティア派がいた責任をとって辞職した。一家は今までの蓄えで細々と暮らしていくという。
「じゃあスクリスさんはこれからはどうするんですか」
「セレネ様を神の使いに仕立て上げた最大の功労者です。セレネ様のお心のままに」
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