彼女に文字が読めるワケ

終章

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神の使いの護衛

 そして、秋。
 神殿に隣接して作られた学校で授業が始まルと、沢山の子ども達の姿があった。
 セレネは天地之御中神のお告げに従うために、すべての子ども達が教育を受けられる学校を設立した。既存の学校は廃止、そこで教えていたものを集めて教師とし、教える内容を統一。年齢と学力に応じた班ごとに一人の教師がつく。学校に通うことを希望するものは全員無料で引き受けた。
 その費用は神殿へのお供えや、城からの下賜、神の使いへの寄付で賄われている。その辺りは商人との交渉を引き受けていたスクリスの手腕よるものだ。自分を神の使いに仕立て上げたなら、責任を取って学校運営を成功させろと言うのがセレネの考えだ。

 スクリスは、メラリスに命じられたことを成し遂げるために、すべての粘土板を【魔物憑き】にすり替える予定だった。
「しかし、私にはセレネ様を処分することは出来ませんでした。そこで神官にすべてを打ち明けて相談しました」
 神官は神官で、裁きの時に使う粘土板が【魔物憑き】と【人】の二種類であることに疑問を持っていた。
「自分は異世界から来たとセレネ様が仰っていたことを、小屋の前を通りかかったときに聞いてしまいました。それに、人間が神から授かった古代文字を習わずに読める」
 もしや神界から来たのではないかと神官は考えたという。さらにセレネの命を救いつつ、万人を納得させるにはどうすれば良いかも。
 そこで【神の使い】という粘土板を追加することにした。さらにスクリスにはメラリスに従うふりをしつつ、裁きの結果に【神の使い】が出やすくなるよう細工するように指示したという。
「私は、すべての【神の使い】の粘土板を、他の粘土板より僅かに大きくなるように作りました。ディアリマにはセレナ様に『神が宿った粘土板は他のものより大きい』と思い込ませるように伝えました」
 そろそろ徐々に真実を明かして、童女の役目から降りた後に困らないようにする年頃だと神官が言った。
「神様の声も裁きもでっち上げか」
 タラッタは顔をしかめた。セレネはそれが当然のことであるように澄ましている。
「神殿に幻滅しましたか」
 スクリスの言葉にタラッタは肩をすくめた。
「元々大して信仰があった訳でもないし、よくわからないって言う感じです」
「しかし、裁きの最後に見せたセレナ様のあれには驚いた。あのような指示はしていないが」

「今日の授業を始めます」
 作るのが大変な大きなパピルス紙の代わりに、白い大きな布に文字の一覧表を書いたものを掲げて、セレネは古い文字を教えていた。仕事が休みの日に学校に通う文官見習いを担当している。
「現在使われている文字を、右の部分と左の部分に分けてみましょう。ほら、古い文字とよく似ているでしょう」
 線のつながりは多少変化しているが、全体を見れば確かによく似ている。さらに変化させれば古代文字になる。
「なので、現在の文字がよく読めるあなたたちなら、古い文字を覚えるのは簡単ですよ」

 裁きの前日、ディニはイファロスから預かったメラリスの手紙をタラッタに届けた。スクリスの行動をタラッタから聞いたイファロスがスティーニに報告、王子に直談判までして家捜しを敢行したのだ。おかげでメラリスの悪事の証拠が多数見つかり陰謀は阻止出来た。証拠がなければ裁きへの介入も否定され、王子の名を使い神殿の裁きの不当を世に訴えたかもしれない。そうなればセレネのみならず、神殿全体も危険にさらされただろう。

 裁きの後、タラッタも一度家に帰ったが、タラッタの顔を見た母親に再び追い出されたという。特例として少尉になり、引き続きセレネの護衛を務めることになったと報告したかったが、話も聞いて貰えない。
「勝手に家を飛び出した男に帰る場所があるなんて思ってないでしょうね」
 そう言われれば引き下がるしかないタラッタであった。
「男が自分の居場所を自分で見つけたのさ。もう実家に甘える必要は無いだろう」
 だから母親の満足そうな顔をタラッタは知らない。

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