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3:俺が守るセレネが自宅に幽閉されてから季節が一つ過ぎて、冬になった。その間に一度、町中を洗い流すような雨が降った後は、天気の異変はすっかり治まった。
自宅の前には見張りの兵士が立ち続けている。魔物憑きの言葉に従い水場を探しに行ったような者達ならば、魔物に襲われても惜しくはない。そのような理由で、イファロス中隊から交代で人を出すように命じられている。タラッタも数日おきに役目に就いた。
ヴェガヒスは機織り工房の職人の視線に居心地の悪さを感じながらも、身を粉にして働いた。今までのように王妃に直接納めることは出来ない。それでもヴェガヒスの織る布地の質が良いことには変わらない。工房の親方はその布地を、やりとりのある商人に渡して切符を受け取る。そのおかげでヴェガヒスも切符を手に入れることが出来た。
この町の人は、作物や採集した物、布地、なめした皮などを、工房を通して城に納めるなどして切符をもらう。城は納められた物の一部を王族と高官とで配分した後、残りを町の商人に下げ渡す。町の人は切符を城の食料庫で麦と交換し、この麦を食べたり、他の必要な物と交換したりする。城では、麦を運ぶ手間を省いて、切符でやりとりするよう呼びかけているが、日々の食べ物や細々した日用品以外には定着していない。たくさんの枚数の切符を計算する方が、普通の人にとっては手間なのである。
商人は城から下げ渡された物や、工房から受け取った物を、余所の町の商人との交換に出す。この辺りではあまり作られない豆や珍しい果物を受け取るのだ。商人はそれら余所の町の物を城に納めて切符を得ていた。
「だけど人が苦労して作ったり集めたりした物で切符をもらう商人は、やっぱり低く見られてますよね」
タラッタは以前より静かになった兵士の詰め所で食事をしながらぽつりと言った。
いま、ディニとヘリオは町の外に交易に行く商人に雇われて荷物持ちをしている。町の破落戸がするような仕事に甘んじなければ、家族五人で食べていくことは難しいという。イファロスが語った一家の現状は、すでに皆が知っていることだ。
「スィレマちゃんはどうしているんでしょう。ほとんど見かけませんけれど」
アイギスが訊ねる。
「ちょっと洗濯に井戸まで行くくらいで、あとはセレネちゃんと一緒に家にいるみたいです」
近所に住むタラッタが答えると、外に出るのは危ないからなと誰かが言った。季節が過ぎる間に、町の子どもたちがディニ一家に石を投げるようになったのだ。周囲の大人から、セレネは悪い人だと聞かされて、子どもらしい正義感が芽生えたのだろう。兵士の目を盗んで行う度胸試しにもなっているようだ。
「かわいそうで見ちゃいられねえ」
兵士の言葉に、ため息が聞こえる。
「まだ叱りつけりゃあその場は止めて逃げていくんだがな」
「どうにかして、セレネちゃんが魔物憑きじゃないってことになりませんかね」
その言葉にイファロスは首を振った。
「せめて嘆願書でも出せませんか。誰か文字を書ける人を探さなければなりませんが」
アイギスが提案する。
「無理だな。城は神殿のすることに口を出せない。神殿も城とは距離を置いている。そういうものだ。そして俺たちは、城の人間なんだ」
立場をわきまえろと言わざるを得ないイファロスだが、悔しさが滲む表情をしている。タラッタもグッと拳を握った。
抵抗しようとしない一家に町の人の害意はエスカレートし、春になる頃には大人までもが石や汚物を投げつけるようになった。止めさせようとするイファロス中隊にも害が及んでいる。
「魔物一家を守るあんたらも魔物の仲間なんだろう」
「でなけりゃ水があるなんて魔物が言うことを信じるものか」
年かさの兵とともに立つタラッタにも罵声が浴びせられた。
「落ち着けよ」
怒りと悲しみで唇を噛むタラッタに、アクティー伍長が声を掛ける。
「わかってます」
町の人々に対して注意以上のことが出来ない悔しさは、中隊の皆が感じていることだ。