彼女に文字が読めるワケ

2章 見張りに志願

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 夏になれば、再び雨が降らなくなるのではないかと心配するものもいたが、何事もなく過ぎた。
 セレネが神殿へ移る日も近づいたある日、タラッタはスティーニとイファロスから話があると呼び出された。緊張してスティーニの執務室に入る。タラッタは十日前に見習い期間を終え、晴れて二等兵になっていた。
「神殿でのセレネの警護に誰かをつけたい。やってみないか」
「俺が、ですか」
「神殿の周りは中隊に交代で警備に立たせるが、中にも念のために欲しい」
「警護とは言っても、俺にしてみれば、セレネちゃんの側に付いててやって欲しいというのが大きい。親兄弟にも会えなくなるのは心細いだろうから」
 スティーニの言葉にイファロスが補足する。
「ディニにも話はしてある。お前なら任せられるそうだ。警護に付く日と休む日は適当に調整してくれればいい。基本的には泊まり込みになるのは心苦しいんだが」
 上司からの期待と、密かに憧れていた先輩からの信頼に、タラッタは胸が熱くなった。
「お受けします」
 厳粛な面持ちで即答したタラッタに、スティーニは安堵の息をつき、イファロスはしっかりと頷いた。

「そんな仕事を引き受けて、魔物憑きの側にいて平気なのかしら。今までの見張りだって母さんは反対だったけど、命令ならば仕方が無いと諦めたけど」
 家に帰りこれからの仕事について家族に報告したタラッタは、母親の言葉に肩を怒らせた。
「セレネちゃんは魔物憑きなんかじゃない。去年の夏だって、みんなセレネちゃんが見つけた水で助かったじゃないか」
「それは、そうかもしれないけど。でも雨が降らなかったこと自体が魔物憑きの仕業なんでしょう」
 そんなことはないと言いたいが、雨の降らなかった理由が他に求められず、タラッタは母親を睨み付ける。
「そもそも普段だって夏は雨が少ないじゃないか。とにかく、もう決まったんだ。秋になったら神殿に泊まり込む」
 母親も負けていない。家事や育児で鍛えた腕を振り上げて怒鳴る。
「魔物憑きと関わるというのなら、今すぐ出て行きなさい。それで二度とうちに入らせないよ。魔物憑きにこれ以上関わるなんて、私らまでひどい目に遭わされたら堪ったもんじゃない。私は死んだお前達の父さんに変わって家族を守らなくちゃいけないんだからね」
 
「それで家を飛び出してきちまったのか」
 夜の警備の仕事をしていたイファロスをタラッタが訊ねると、中隊長はたいそう驚いた。訳を聞いてすぐに宿舎を手配する。城で働く者の何割かは、城内に住んでいるのである。主に位が高く重要な役目に就く者で、町にも自分の家があるのだが、家族と暮らせない者、家を持たない者も宿舎を使うことが出来た。
「そこまで大変なことになるなら、別のやつに任せるか」
「俺のことなら平気です」
 顎をさすって考え込むイファロスに、タラッタは落ち着いた様子で言った。
「さっきはちょっと興奮しましたけど、俺がセレネちゃんに付いていようって思った気持ちには変わりありません」
「そうか」
 それでも申し訳なさそうなイファロスだが、別の人員も難しいようだ。
「わかった。それならばしっかり勤めて見せろ」

 いよいよセレネが神殿へ向かう日が来た。男衆が引く馬に乗せられたセレネは、簡素なワンピースをまとい、背筋をまっすぐに伸ばしていた。イファロス中隊全員で取り囲み町の人々を近づけさせないようにした。
 ディニとヴェガヒスはギリギリまでセレネを抱きしめて何事かを話しかけている。セレネは小さく頷き返した。ヘリオとスィレマは家の中で別れを済ませたのだろう。姿が見えない。
「そろそろ」
 神官の言葉に、両親は一歩引いた。ゆっくりと馬が歩み出す。
「娘を、セレネを頼んだ」
「あなたまでつらい立場にさせてごめんなさいね」
 二人の言葉にタラッタは答えた。
「セレネは俺が守ります」
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