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月夜の出産二人は男の家の前についた。女性は胸を押さえて肩で息をしているが、男は平気だった。集まった人々の中に、幼い子供たちが不安そうに立っている。父親を見ると駆け寄りしがみついた。
「ママ病気なの。パパ、助けてあげて」
上の子の言葉に男がうなずく。子供たちの頭に手を当てた。
「大丈夫だ。ちょっとおとなしくして待っていなさい」
男が帰宅を知らせに中へ声をかけようとドアの前に立った。その時ドアが開いた。義母が布にくるまれた赤子を抱いて外に出てくる。晴々した表情をしていた。
「無事に産まれました。女の子です」
一同が喜びの声を漏らし、男は目を潤ませた。子供たちだけは何があったのかわからず顔を曇らせたままだ。父親の涙を見て、よほど母親の具合が悪いのだと思ったらしい。自分たちも泣きそうな顔で父親を見上げた。男は袖で目元を乱暴に拭う。それからしゃがんで子供たちに目線を合わせる。安心しろと背中をさすってやった。妹ができたことを教えてやると、ようやく笑顔を見せた。
妻はすぐには起き上がれないものの、取り上げ婆の見立てでは身体に問題はないという。数日のうちには家の中のことを出来るようになるだろう。
天頂に差し掛かった月が赤子の額を照らした。男は慣れた様子で我が子を受け取ると、その顔を覗き込んだ。名前をつけてやらなければならない。男はいくつか考えていた名前を順につぶやいてみた。しかしどれもしっくりしないのか眉をひそめた。子供たちが男の腕にすがろうとする。それを義母がたしなめた。
男は空を見上げる。今夜の月は見事だ。
太陽が輝く日に生まれた長男はヘリオ、夕焼けの美しい時に生まれた長女はスィレマと名付けた。
「セレネ」
小さく声に出した。その名をじっくり胸の内で反芻する。納得したように一つうなずいた。
「セレネ」
今度ははっきりと呼びかける。すると腕の中の赤ん坊が小さく口を動かした。まるで返事をしたかのようだ。
「おお、セレネちゃんか」
誰かが言うのを皮切りに、人々が口々に名前を呼ぶ。こうして子供の名と産まれた日を皆で覚えるのだ。
しばらくして、家の中で手伝っていた女が男を呼んだ。セレネを抱いたまま、男は妻をねぎらうために家に入る。子供たちもそれに続いた。身づくろいを済ませて横になる妻に、男はつけたばかりの子供の名前を告げる。
「セレネ。良い名を付けてもらいましたね」
「セレネ、見る」
最近おしゃべりをするようになったスィレマが、父親の腕を引きせがむ。
「こら、スィレマ。引っ張ったらセレネが落ちる。危ない」
兄らしくなったヘリオが妹の手をはたく。見る見るうちに涙を貯めるスィレマの目を、母親が指先で拭ってやる。
「慌てなくても大丈夫だ。ほら、セレネだ」
ヘリオとスィレマに見えるように屈むと、二人は先を争ってセレネの顔を見た。セレネの頬をつつくスィレマは、咥えられそうになった指を慌てて引っ込めた。ヘリオはセレネの手に触れ、握り返してくる力の強さに驚いている。男はそれを幸せそうに見つめていた。
「そういえば」
妻が小声で何か言いかけるのも男の耳には入らない。
「知の神は月の光がお好きだったのではなかったかしら」
だからこんな日に産まれた子供は。
「文字を覚えてくれるかしらね」