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お盆が過ぎれば、夏休みも終わりが見えてくる。
夏由は、宿題をあらかた終えたものの、一番やっかいな課題を残していた。
「オープンキャンパス、今から行けるかなあ」
クラスメイトの松本|喬《たかし》が、ポテトを摘まみながら言った。ハンバーガーの包み紙がトレーの上に丸められている。
二人とも、大学のオープンキャンパスの見学レポートが書けていなかった。
高校の近くのファーストフード店は、暑さから逃げてきた客で半分ほど埋まっている。午後になって曇ってきたが、気温は相変わらず高い。
「最悪、大学について調べたことを書いてもいいんだっけ」
「ああ、その手があったか」
夏由の質問に松本が嬉しそうな顔をした。
「いざとなったらそれでいいか。そうしよう」
「レポートに書く大学、決めてるの」
夏由の質問に、松本が頷く。
「ん、まあ。実際の志望校ってほどはっきり決めた訳じゃねえけど。そこのオープンキャンパス、八月分は終わっちゃっててさあ。別のトコ探そうかとも思ってたんだけど」
夏由はポテトに伸ばしかけた手を引っ込めた。
「時城は」
聞かれて夏由は、んんと喉の奥で唸るような音を出した。
「早いとこ決めとけよ。文系は文系っしょ」
夏由たちの通う高校は、二年生から文理が分かれている。三年生ではさらに、国公立か私大かでクラス分けされる予定だ。
「あ、まあ、そうなるかな」
「私立」
「私立でも駄目とは言わないと思うけど」
松本が少し呆れたようにため息をついた。
「お前さあ、まさかと思おうけど、何も考えてない訳じゃないよな」
図星を指されて、夏由は黙った。
しばらくして、松本が立ち上がった。
「俺自分用のパソコン持ってるし、良かったら一緒に今から行けるオープンキャンパス探そうか誘うつもりだったんだけど、お前やる気ないみたいだし。佐藤はもう終わったって言ってたし、岡田でも誘うわ」
松本は、夏由が飲み残しているドリンクが入った紙コップをトレーから下ろすと、ゴミをまとめて片付けた。
手伝おうとする夏由だったが、松本が拒否する。
「じゃあ俺行くから」
取り残された夏由は、柔らかくなった紙コップを掴んだ。氷の溶けたコーラは飲む気がしなかった。
松本は、ファストフード店を出ると高校の門の前で待つ岡田悠翔に片手をあげて合図をした。横断歩道を小走りで渡ると、今さっき飲んだジュースがもう汗になって出て行くように感じる。
岡田から松本にパソコンを貸して欲しいという電話があったのは今朝のことだ。宿題に悩んでいた松本は了解し、それならば夏由にも声をかけようと提案した。悠翔は、夏由も志望校の目途が立っているのならという条件を出したのだ。
「やっぱりあいつ、何も考えてなかっただろ」
「うん」
「七月に会ったときにちょっと進路の話が出て、そのときも完全に|他人事《ひとごと》みたいにしてたから」
駅へ向かって歩きながら二人は夏由の話を続ける。
「今もそんな感じだったな。危機感がないというか、時城もちょっとはやる気を出すなら志望校決まってなくても誘っても良かったと思うけど」
あれでは宿題の邪魔になりそうだと松本が言うと、悠翔が頷いた。
「一から調べて決めるんじゃ、時間がかかりすぎる」
「それよりさあ、岡田もオープンキャンパスは行かないでレポートを書くつもりだったんだ」
志望校を決めたにしては意外だと松本が訝しがる。
「それなあ。俺志望校のことは、親には言ってないんだよ」
「どうして。予備校ももう行ってるんだろう」
「私立は、多分ダメだから。行くなら、奨学金とれるところじゃないと」
「・・・・・・そっか」
家庭の事情には松本も踏み込まなかった。