彼女に文字が読めるワケ

1章 幼女文官誕生

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 タラッタがセレネたちを家まで送った日から二カ月ほどが過ぎた冬の日、セレネが文官見習いに任命された。王からの任命書を持った使いを見たと、近所で大騒ぎになっている。
 そのしばらく後、城へ出勤する途中で会ったヘリオは、無表情のセレネの手を引いていた。セレネは昨日から城に通っている。
「まだ六歳でしょ」
「俺も何かの間違いだろって思ったんだけどな」
 通常、見習い仕事を始めるのは十歳からだ。
「文字の覚えも早いし、早くに仕込んだほうがいいんじゃないかって、特例で」
 学校の続きみたいなもんだろうとヘリオが笑う。
「そうなんだ。文字はどのくらい覚えたの」
 タラッタが水を向けると、セレネは少し考えてから口を開いた。
「学校で教わったのは全部」
「それってどのくらいだ」
 ヘリオが問うと、セレネは空中に指で何かを書く仕草をした。
「えっと、二二九文字教わった」
「文字ってそんなにあったか」
 ヘリオが首をかしげた。

 城門を抜けたヘリオは、自分の職場に行く前にセレネを文官の執務室に送るという。
 城に勤めて半年のタラッタはまだその場所に入ったことがない。興味本位でついて行く。兵士の詰所の隣の部屋だ。
「失礼します」
 不慣れな様子で戸をあけるヘリオの後ろからタラッタが室内を覗き込んだ。
 中では文官たちがパピルス紙を手に持ち、書かれた文字を読む声が聞こえる。若いものははっきりと話をするくらいの声を出し、熟練の者でも囁くようにとはいえ声に出さなければ読むことが出来ないのだ。
「セレネを連れてきました」
 文官たちの声に紛れぬようヘリオが声を大きくする。陰気そうな男が三人をじろりと睨んだ。
「人が読んでいるときには話しかけない事。分からなくなるだろう。まったく、これだから兵士はガサツで困るよ」
「お兄ちゃん、ここは良いから仕事に行って」
「お、おう。じゃあしっかりやれよ」
 自席に向かうセレネを見送り文官の執務室を出ると、ヘリオは肩をすくめた。

 セレネに与えられた仕事は、この国の歴史をまとめる者たちの手伝いである。先王の命で始まった者事業は、いまだ道半ば。今は五人の文官がこの仕事を担当している。セレネは若い女性文官ミュトスの補佐としてその任にあたることに決まった。
 街の古老から聞いた話を書きとめ、また古い記録を写したパピルス紙は膨大な量になる。それを整理するのがミュトスとセレネの役目だ。
「出来事が、古いものから新しいものになるように並べ替えてほしいの。出来るかしら」
 歴代八人の王の名前で大まかに分けたパピルス紙が入った箱の中から、一番分量が少ない初代の王の記録の入ったものをミュトスがセレネの作業場所に置いた。
「はい」
 セレネは中のパピルス紙をパラパラとめくった。
「最初に年代を書いてくれれば楽なのに」
 内容をよく読まねばいつの記録なのかが分からない。一番上のパピルス紙を取り上げると、セレネは黙って読み始めた。

 文官の執務室の前が騒がしいことに気がついたのは、いつもの通り保管庫の番を終えて詰所に報告に行こうとしていたタラッタだった。
「文字が読めないならもう帰っていいわよ」
 女性文官がセレネに詰め寄っているらしい。
「読めます。確認してください」
「だってあなた、声にも出していなかったじゃない。適当に入れ替えていただけでしょう」
 タラッタが駆け寄って間に入る。
「どうかしたんですか」
「文字も読めない兵士は黙っていなさい」
 ぴしゃりと言われてもタラッタは引き下がらない。タラッタがセレネに何があったのかを問おうとした時、執務室から別の文官が出てきた。愕然とした表情をした男だ。
「ありえん、ちゃんと順番が揃ってる」
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