彼女に文字が読めるワケ

1章 幼女文官誕生

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2:すごい女の子
 街の中にいくつかある【学校】では、文官を引退した者が子供たちに神話や文字を教えている。謝礼にはたくさんの麦が必要で、すべての子供が通えるわけではない。裕福な子に限られた。
 だからヘリオが学校に通っていたことを知った時、タラッタはとても驚いた。
 ヘリオは代々兵士の子である。兵士が貰える麦は文官よりも少ない。この五十年ほどは他の街との争いもなく、兵士の価値が下がったため、渡される麦の量も減らされているのだ。
「うちの場合は、母さん切符をいっぱい貰ってるから」
 自慢するでもなくヘリオが言った。保管庫の前で見張り番をしながらの立ち話である。
「母さんの織る布地は、王妃様が切符と交換してくださるんだ」
 質の高い物を作れば王族に直接納めることが出来るのはタラッタも知っていたが、まさか身近にいたとは思わなかった。
 通常は街の人は作った物や作物を城に納めて切符を受け取る。城で働く人がその働きに応じて切符を貰うのと同じだ。王族に直接納めることが出来れば、貰える切符の枚数はかなり多くなる。
 切符は城の食糧庫で麦と交換する。街で必要なものを得るには麦が必要なので、貰える切符の枚数が多いほど良い暮らしが出来るのだ。
「親父が文字が読めなくて階級がなかなか上がらなくてさ、俺たちにはどうしても文字を覚えさせたかったんだよ。だから母さんが頑張って良い布を織れるようになったんだ」
 だったら親父も頑張れよなとヘリオが笑った。折悪く通りかかったディニにぽかりと殴られる。
「こら、まじめに見張りをしろ。勤務中は口を慎め」
「はい」
「はい、親父殿」
 返事ばかりは良いヘリオをもう一発小突いてディニが去ると、ヘリオは肩をすくませた。

 見習い兵士は三日間働くと一日休みだ。休みの日には家の手伝いがあるのでゆっくりできるわけではない。タラッタは街の外まで焚き木拾いのお使いに出された。
 麻縄で括った焚き木を四束を抱え、日が傾く前に街の内外を仕切る壁まで戻る。もっと集めたいが、暗くなると獣が出るので、見習いは夕方の鐘までに街の門を通らなくてはいけない。
 今日の門番はディニだ。挨拶をして通り過ぎようとしたら呼びとめられた。
「悪いんだが、娘たちを家まで送ってくれないか。嫁もヘリオも仕事で手があかないんだ」
 学校にいるからと言われてタラッタはうなずいた。
「分かりました」
 ディニの家はタラッタの家の近所であり、学校も門からの通り道にある。大した寄り道ではない。

「スィレマちゃん、セレネちゃん、迎えに来たよ」
「あ、タラッタのお兄ちゃん、こんにちは」
 学校に顔を出すと、一日の予定を終えたディニの娘たちが待っていた。帰り支度は済んでいるらしい。笑顔で挨拶をしてくる姉のスィレマに比べ、妹のセレネは愛想がない。
「行こうか」
 セレネは風変わりな子だ。女の子用の服を好まず、ヘリオのお下がりを身につけている。
「セレネはすごいんだよ。もう百個よりいっぱい書けるの。読めるのは、何個だっけ。もっといっぱいだよね」
 スィレマの妹自慢をほほえましく聞きながら、タラッタは悔しがった。
 学校に行かなかったタラッタは自分の名前さえ読めない。首から下げた木札も、他人の物と混ざってしまえば区別がつかないだろう。文字を習い始めてまだ一年も経たないセレネがそれほどたくさんの文字を覚えたなど信じられなかった。
「そう、すごいんだね、セレネちゃん」
 褒められてもニコリともせず、大人びた仕草で肩をすくめた。無口な子である。
「スィレマは四十個読めるよ。書くのは、三十個」
「偉いなあ」
「へへ、偉いでしょ。ヘリオお兄ちゃんは読めるのは五十個なのに、二十個しか書けないんだよ」
「二十個でもすごいんだよ」
 タラッタの口調が刺のあるものになり、スィレマは黙った。
 気まずい沈黙のまましばらく歩く。秋の夕日に照らされた三人の影が長い。
「覚える気になれば文字なんて簡単」
 セレネがぽつりと呟いた。

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