彼女に文字が読めるワケ

1章 幼女文官誕生

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 タラッタが番をする保管庫は廊下の突き当たりにある。扉から大人の歩幅で六歩のあたりが十字路になっており、そこをまっすぐに進めば文官の執務室だ。
 昼の鐘が鳴り次の人と交代した。十字路の中央で立ち止まったタラッタは、休憩時間はどこに行こうかとヘリオに問いかける。
 兵士の詰所で大人に交じってパンを齧るのは気が重い。細い腕をからかわれるのが嫌なのが半分。食べきれない量をよそわれて負担なのがもう半分。しかし慣れない城内で一人になるのは心細く、頼りになるヘリオと一緒にいたかったのだ。
 ヘリオは少し考えて口を開いた。
「じゃあ裏庭に行こうぜ。今日は風が気持ちいいだろ」
「いいね。行こう」
 林になっている裏庭は、夏の昼休みを過ごすには最高の場所に思えた。
 左に進んで裏庭に出ようとしたタラッタを、ヘリオは慌てて引きとめた。
「まずは詰所に報告だ。そこまでが仕事なんだからしっかりしてくれよ。麦が貰えなくなるぜ」
「そうだった」
 くるりと振り返ったタラッタにヘリオはため息をついた。
「だいたい飯だって詰所で配るだろ。手ぶらでいって何を食うつもりだったんだよ。あの林、果物の木はないんだぜ」

 一つの仕事が終わったら、詰所で配属先の小隊長か軍曹に報告しなければいけない。詰所には、兵士ごとに仕切られ、その一つ一つに名前が書かれた木札を入れた箱がいくつも置いてある。兵士は名前が書いた木札を首から下げており、報告を受けた人は箱の木札と見比べて確認するのだ。
 仕事内容や量に応じて、何種類かの印が書かれた小さなパピルス紙をその人の箱に入れていく。報告票と呼ばれるこれが仕事の記録になるのだ。

 小隊長に報告を済ませると、二人は連れ立って裏庭に出た。パンと干し肉、簡単なスープの入ったカップも忘れない。
 木の葉が程よく日差しを遮るあたりに並んで腰を下ろす。身分の高い人のような敷き物は使わない。服の汚れなど後ではたけばいいのだ。
「何だ、それだけしか食わないのかよ」
 タラッタが持ってきたパンを見て、ヘリオは呆れたという声を出した。皿の上に小ぶりなパンが三つと干し肉が一枚。同じ年頃の女の子でももっと食べるだろう。
「それだけしか取らなかったのかよ」
「うん」
「チーズもナシか」
 タラッタは頷いた。
 ヘリオが自分の皿の上を見せる。パンのほかに干し肉がたっぷり。チーズも添えてある。
「これやるからしっかり食え」
 タラッタの皿に干し肉を数枚乗せた。
「食べきれないよ」
「しっかりした身体になりたいんだろ。だったらちゃんと食えよ」
「ありがとう」
 困惑しながらも礼を言うタラッタに、ヘリオは満足げに頷いた。

 一日の仕事を終えたタラッタが詰所に入る。終業の鐘の鳴った後は報告をする者が多い。きょろきょろしていると軍曹のほうから声をかけてきた。
 軍曹は午後の仕事の分の報告票を取ると、タラッタの箱に入っている物をすべて抜き取り、合わせて机に並べた。
 報告票は、印が付けられたものと付けられていないものが混ざっている。軍曹はその中から印のないものだけを残して残りを箱にしまった。枚数を数えてタラッタに見せる。
「交換するか」
「します」
 軍曹が別の、箱に入れるものよりやや大きいパピルス紙を取りだした。こちらは切符と呼ばれ、麦を表す絵がいくつか描かれている。描かれた麦の本数によって五種類の切符があり、この切符を城の食糧庫に持っていくと、その種類ごとに決まった量の麦が貰えるのだ。机に残した報告票の印の上に線を引き箱にしまうと、軍曹はタラッタに切符を渡した。
 タラッタは木札とともに首から下げた皮の小袋に切符をしまう。落とさないように紐をしっかり結んで服の下に入れた。

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