彼女に文字が読めるワケ

1章 幼女文官誕生

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1:見習い兵士

 見習い兵士のタラッタは、所在無げに保管庫の前に立っていた。扉を背にして番をすることが昼前の仕事だ。だが十歳になったばかりの子供に鐘二つ分の時間は長い。すでに緊張感は無くなっていた。
 タラッタは退屈そうにあくびをかみ殺す。少し前に、共に立っていた相手が別の用事を言いつけられて持ち場を離れた。そのため話し相手すらいなくなってしまった。伸びてきた爪を眺めてみたり、首から下げた革製の身分証を弄んだりして時間を潰している。

 タラッタたち見習いに保管庫の中身は知らされていない。わざわざ警備兵まで置いて守るくらいの貴重品だろうと想像するばかりだ
「何が入ってるんだろうな」
 考え事がそのまま口に出た。
「金とか宝石とかは、王様の執務室に近いほうにしまってあるっていうし」
 廊下を見張っているように言いつけられたのも忘れ、身体ごと扉のほうに向いた。浅浮き彫りのされた扉は、タラッタの背丈の倍ほどの高さだ。コンコンと叩いてみる。思いのほか大きな音が出た。タラッタは驚いてあたりを見回した。誰もおらず、ほっと胸をなでおろす。
「仕立てる前の大きい布地なんかも、うちの家だと貴重品だって母ちゃんが言ってたよな」
 ちょっと中を覗いてみたい誘惑に駆られたタラッタは、二枚の扉の取っ手同士を結ぶ革紐を見た。複雑な結び目だ。
 革紐を指で摘む。動くところがないかどうか試してみたが、少しも緩まない。下手にほどこうとすれば絡まってしまいそうだ。
「やっぱ開けらんねえよな」
 保管庫の中身を知るのを諦め紐から指を離した時、近づいてくる足音を耳にした。慌てて扉を背にして姿勢を正す。
「何が“開けらんねえ”んだ」
 先輩兵士のディニである。三人の子を持つ青年で、タラッタの指導員だ。乱雑な口調だが面倒見がよく、若い兵たちから慕われている。
「いや、あの」
「あのじゃねえ。下手に封じを開けてみろ、鞭打ちの刑くらいじゃ済まないぞ」
 怒る時はとても厳しい相手にすごまれて、タラッタの肩がビクッとはねた。
「許しがないなら触るなよ」
「はい。ごめ、すみませんでした」
 素直に反省するタラッタに、ディニは表情を緩めた。
「俺はお前たちを罰したくはねえんだ」
 そう言うとディニは視線を巡らせた。
「うちの倅はどうした。サボりやがったか」
 一緒に番をしていただろうとタラッタに訊ねる。
「ヘリオなら少将に呼ばれて武器庫に行きました」
「ああ、そういやあのおっさん、片づけをするって言ってたか」
 タラッタの答えにディニは納得して頷いた。兵士でありながら上官を“おっさん”呼ばわりするところが下からは面白がられ、上からは嫌がられている。だからいつまでも一等兵なのだと同年代からはからかわれていた。
「昼までだろ。最後まで気合入れて番をしろよ」
「はい、ディニさん」
 ディニはタラッタの肩をポンとたたいて立ち去る。タラッタが後ろ姿に敬礼すると、それを見てもいないのに片手をあげて応えた。

 交代の時間まであと鐘半分という頃、今日の相棒であるヘリオが戻ってきた。
「いやぁ、参ったよ。鍛冶屋に新しい剣を頼むからって、ボロボロになったやつを運び出せって」
 人使いが荒いよとぼやきながら扉の前に立つ。父親のディニに似たがっしりとした身体が頼もしい。タラッタより一つ上の十一歳だが、背はタラッタのほうが高かった。手足の細いタラッタは逞しいヘリオの腕を羨んでいる。
「大変だったね。重かったんじゃない」
「ん。でもいいトレーニングになったよ」
 剣を毎日五十回振っているというヘリオは、言うほど堪えた様子もなく平然としている。
「僕も毎日振ったほうがいいかな」
「最初はすっげえ腕が痛くなるぜ。まあ無理しないようにちょっとずつやれよ」
「そうする」
 タラッタは腰に下げた青銅の剣をなでた。与えられたばかりの剣は傷一つない。ちらりと盗み見たヘリオのそれは、丁寧に手入れをされているものの何処かにぶつけたのか、鞘が少し欠けていた。

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