ひとしれずこそ3章

2 一日目 2 夜

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 六時からの夕飯というのは、早いと感じるものが多いようだ。宴会場を出ながら、夜中にお腹がすいたらどうしようと話していた生徒が何人もいた。ホテル内の土産店にお菓子が売っていたと言うもの、さっそく非常食代わりに買いに行こうとするもので廊下が騒がしい。
「酒は駄目だからな」
 体育教師が叫ぶ。何人かの男子生徒が悪ふざけでブーイングした。

 やはり食事を残してしまった夏由は、部屋に戻った後で悠翔たちに心配された。
「具合悪いなら保健の先生のところで見てもらう」
 昼もろくに食べてないだろうと悠翔が顔を覗き込む。
「大丈夫。旅行って得意じゃないだけだから」
 その近さに緊張しつつ答える。
「そういうタイプいるよなあ」
 鳴澤が明るい声で言うが、体調を気にかけてくれているのは夏由にも分かった。
「もともと時城は食が細かっただろ」
 彦田の言葉に夏由は頷く。
「時城が平気なら散歩に行こうぜ」
 鳴澤の提案でホテルのプライベートビーチに出ることにした。昼間から降ったり止んだりしている雨だが、今は止んでいる。

 建物の裏手にある通用口のようなドアを出ると、もう目の前が海だ。両脇は簡単な柵で区切られているらしい。
 余り広くないビーチに、一クラス分くらいの生徒が点在している。
「意外とみんな来てるんだな」
 期待外れだと悠翔が言う。自分たちだけで独占できるような気分でいたらしい。
「まあ考えることは同じか」
 提案した鳴澤が少し申し訳なさそうな声を出す。
 どのグループも似たようながっかり感を感じているらしく、一通り見学するとさっさと引き上げている。どうしようかと目顔で相談しているうちに松本が小さくくしゃみをした。少し冷えたらしい。
「湯冷めか」
 彦田が気遣わしげに声をかける。
「風呂の後すぐ夕飯で汗かいたからかも」
「沖縄ってもっと暑いイメージだったけど、意外と涼しいね」
「いくら南国でも冬だし」
 夏由のコメントに悠翔がツッコむ。今は東京の昼間の気温と同じくらいだろうか。ホテル内の空調が効いて暖かかったこともあり、油断して薄着で外に出てしまったが、じっとしていると冷えてきそうだ。
 そろそろ戻ろうとドアに向かうと、二組の女子たちとすれ違った。中には文化祭で親しくなった鈴木たちもいる。
「海だー」
 はしゃいだ声を出したのは桧山だ。遠坂が早く行こうと急かしている。
「あ、時城くんたちも来てたんだ」
 二人に少し遅れて歩いていた鈴木に声をかけられ、夏由は、まあ、うん、などと返事をした。

「時城くんたち、か」
 夏由が大浴場で湯船に浸かっていると、隣でタオルを頭に乗せた悠翔が呟いて夏由のことを見てきた。好きな相手が無防備な姿で側にいるのは心臓に悪い。体が反応しないように意識して視線をそらせる。
「やっぱり時城はモテモテだな」
 揶揄うような口調で悠翔が言う。それは夏由にとって面白くないことだった。
「特に、鈴木は絶対時城のこと好きだと思う」
「やっぱりそう思うか」
 彦田が泳ぐようにして近づいてくる。
「『みんなも』じゃなくて名指しで『時城くん』だぜ」
「で、時城はどうなんだ。まんざらでもなさそうだったけど」
 鳴澤にまで言われて、夏由は不機嫌になって口をつぐんだ。
「真っ赤になってる」
 悠翔がダメ押しのように言って、頬をつついてきた。
 夏由は浴槽の縁に置いておいたタオルを前に当てながら立ち上がる。
「のぼせただけ。先に出てる」
 いつにない夏由の態度に、残った三人は顔を見合わせる。ちょっと揶揄いすぎたかと悠翔が言うと、落ち着いた頃に謝ろうなと鳴澤が後を引き取った。


ひとしれずこそ

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