ひとしれずこそ3章

1 一日目 1 平和学習

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 夏由たち二年生が那覇に降り立った。
 時折雨がパラつく中、クラスごとに順番にガマの見学や食事に向かう。見学の順番が遅い夏由たち四組は先に昼食だ。鳴澤はごく普通の定食にがっかりした様子を見せた。
「せっかく沖縄なんだし、沖縄料理とか食べたいじゃん」
「確かにそうだよな」
 彦田が同調するが、旅慣れない夏由には普段と似たような食事がありがたかった。
「でもこの『ニンジンシリシリ』は沖縄料理だけどな」
 事前学習で沖縄の料理についてレポートを書いた悠翔が口を挟んだ。
「そうなの? ちょっと変わった炒め物だとは思ったけど」
 隣のテーブルから梅田が身を乗り出してきた。
「これ冷や奴かと思ったらタレが甘いんだけど。みたらしっぽい」
 その向かいで須藤が眉根を寄せている。
「ジーマーミ豆腐じゃないかな。これも沖縄料理だよ」
「へえ、普通の唐揚げ定食かと思ったら、小鉢が沖縄料理なんだな」
 機嫌を直した鳴澤がニンジンシリシリに箸を伸ばした。
 みなの食事があらかた済んだ頃、唐揚げを半分残してジーマーミ豆腐に手を付ける。早起きのせいか移動疲れのせいか、食欲がわかない。残した唐揚げは彦田の胃袋に収まった。
 ジーマーミ豆腐はおかずとして食べるにも、デザートとして食べるにも半端な味だと思っていたら、大半の生徒が似たような感想らしい表情をしていた。

 ガマの見学は、大きな混乱もなく終わった。他のクラスでは暗闇や過去に人が亡くなっている恐怖感から泣き出したりパニック発作を起こした生徒もいたようだが、夏由たちのクラスはみな静かにガイドに従って中を歩いた。
 修学旅行特有の高揚感が冷めたところで、次の目的地であるひめゆりの塔に移動する。
「さすがに明かりを消すと凄かったな」
 バスの中、悠翔が沈んだ調子で言う。
「真っ暗だった」
 隣の席で夏由が頷く。
「あの中にずっと居るのは、しんどいね」
「ああ。時間が限られてるからまだ平気だったけど」
 悠翔がいつになく沈んだ調子で言った。
「寝るとき電気消したら思い出しそう」
 憂鬱そうな悠翔を揶揄うものはいない。どことなくしんみりした空気の中、みなが近くの席の人と小声で感想を言い合う。ざわめきが車中に広がり、やがて静かになった。

 平和学習を終えてホテルに入ったのは、夕方だった。夕食までと、食後から就寝時間までは自由時間になっている。ホテルには小さいながらプライベートビーチが付属しており、海に入らなければビーチに出ることも可能だ。
「風呂の順番どうする」
 部屋に入るなり悠翔が問いかけた。
 夏由の同室は、悠翔、鳴澤、彦田、松本だ。畳敷きの部屋で、ホテルと名は付いているが旅館タイプである。各室に付いているユニットバスの他、夕食後は大浴場も使用可能だ。
「俺は飯食ってから大浴場に行こうと思ってるけど」
「じゃあ一緒に行かね?」
 彦田がブレザーを脱ぎながら言うのに鳴澤が答えた。
「やっぱ修学旅行は皆で風呂だよな」
 悠翔が夏由と松本に向かって誘うよう言った。夏由は、風呂は一人でゆっくり入りたかったが、楽しげな雰囲気を壊したくなくて、迷う振りでやり過ごそうとした。
「あ、俺はパス。夕飯の前にシャワー浴びたい」
 松本があっさり言う。ガマに入ったままの状態で過ごすのが気になるのだという。
「普段はそんなに気にしないけど、ああいう場所はなんとなくね」
「ああ、さっぱりしたいのは分かるな」
 彦田が同意した。余り時間がないからと、松本は風呂の支度を始めた。
「じゃあ飯食ったら四人で行ってくるから、留守番頼むな」
「任せておけ」
 彦田が宣言してしまい、夏由はとうとう断るきっかけを失ってしまった。


ひとしれずこそ

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