短編

道しるべ

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 十数年振りに父の郷里へ来た。区画整理されすっかり新しくなた道路に□□は戸惑う。大まかな方角を頼りに車を走らせると、不意に古くからある通りに行き当たりほっとした。公民館の在処を示す案内板は朽ちかけている。
 元の米屋の角を曲がって、豆腐屋の三軒先という父の言葉は役に立たない。□□が子供の頃に「元の米屋」は既に取り壊されていたし、豆腐屋が開いているのを見たことが無い。□□が覚えていた駄菓子屋は見当たらなかった。
 そうこうしているうちに、新しい道に出てしまう。その間に挟まれた地区に父の実家があることは間違いない。適当な路地に入り、ふたたび古い通りを走る。

 □□の祖父が倒れたという知らせを聞いたのは数日前だ。仕事を理由に見舞いを渋る父に代わって様子を見に来た。父は祖父をはじめ、実家とは昔からそりが合わないらしい。□□も祖父と会うのは数年前の親戚の葬儀以来である。
 今回のことを□□に知らせたのも従兄弟だった。既に退院して、自宅に戻っているという。

 古い民家はどれも同じように見える。行ったり来たりを繰り返しているうちに、既に通った場所か否かさえあやふやになる。
 番地の表示でもないかと、路肩に車を止めて外に出た。空き家らしい家に青いプレートを見つけて近付く。祖父の家は近いようだ。
 車に戻ろうとすると、酒屋の主人らしい人物が、開け放たれたガラス戸の向こうからこちらを見ていることに気が付いた。
「すみません、この辺りに――」
 不審者扱いされる前に祖父の家の場所を訊いた。知っている様子ではあるが、よそ者を警戒してか言い渋る。孫だと名乗ると疑うような目つきはそのままだが、道順を教えてくれた。


 祖父の家では、伯母が出迎えてくれた。普段は市内でも駅に近い賃貸マンションに住んでいるが、看病のために実家に帰っているという。
「本当は家に呼び寄せたいんだけど」
 病院も近くて便利だが部屋数が足りないだの、夫が嫌がるだのひとしきり愚痴をこぼしながらお茶を出した。□□はしばらく伯母の話に付き合う。
「具合はどうなんですか」
 伯母の言葉が途切れたところで□□が訊ねる。
「ああ、大したことはないのよ。ただもう年も年だから念のために検査も兼ねてね。それで大事になっちゃって、ウチの子も慌てたみたいで」
 伯母自身は、□□の家族には知らせるつもりはなかったようだ。
「ちょっと顔を出してきます」
 □□はお茶を飲み干し座布団から降りて茶の間を出た。

 祖父は和室には不釣り合いなベッドの上にいた。ヘッドボードを背もたれにして、付けっぱなしのテレビをつまらなそうに眺めている。
「お爺ちゃん」
 入り口から声をかけると、緩慢に振り向く。
「おう、」
 返事をしたきり口ごもる。軽い痴呆のせいか、十年以上合っていない孫の名前などとっさには出てこないらしい。
「□□だよ」
 名乗ると、祖父は頬を緩ませ目尻を下げた。思い出してくれたらいいことにほっとする。
「大きくなったな。もう大学生か」
「この前卒業したよ」
「じゃあ会社勤めか」
 そんなところ、と曖昧に答える。本当はフリーターだが、病人相手に正直に話すことでもない。大学卒業後、一度は就職したものの、対してやりたくもない仕事で、すぐにやめてしまった。□□はベッドの脇にしゃがむ。
「お前は小さい頃、機械いじりが好きだったなあ。うちに来ちゃあ時計だのミニカーだの壊して、祖母さんに怒られてたろ」
「そうだったっけ」
 幼稚園か、せいぜい小学校低学年の頃の話である。ものの仕組みを知りたかったのだが、大人にはただの破壊にしか見えない。それをかばってくれたのがこの祖父だった。自動車整備を仕事にしていた祖父は、□□に工具の使い方を教え、子供向けの工作キットを買ってくれた。
「大人になったら祖父ちゃんと同じ仕事をするって言ってたろ」
「小さいときの話だよ」
 □□は胸が痛むような気がして祖父から視線を外した。慎ましい本棚の上に、古いミニカーが置いてある。あれは、分解したあと、初めて自分で組み直したものだ。
「明日は仕事なんだ。そろそろ帰らないと」
 そうか、と言って見送る祖父と、もう一度目を合わせる。背中を押された気がした。

 家に帰るため車に乗り込んだ□□は、スマートフォンでブラウザを立ち上げた。自動車整備の専門学校を検索する。夜間コースもあるのかとつぶやいて、ブックマークに入れた。

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