短編

雨宿り

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 一日中薄曇りだが雨は降らない。
 そう言った天気予報士の言葉を信じて、□□は傘は持たずに家を出た。
 学生時代に好きだった小説が完結した記念に、挿絵の原画展が行われる。□□は渋谷にあるオフィスビル内のギャラリースペースまで、その原画展を見に行くため出掛けたのである。

 最寄り駅で地下鉄を降りる。雲の色は濃くなってきており、風も少し強くなってきた。
 初めての場所に少し迷う。まさかと思いつつ路地を覗くと、個人経営らしい喫茶店があった。帰りに寄ろうと思い、曲がり角にある建物を確認する。その向かいに目的地を見つけた。
 
 オフィスビルの一階はロビーになっているが、総合案内所のようなものは見当たらない。二階にあるギャラリースペースにはエレベーターでは行けないと案内に書かれてたため、□□は階段を探した。やや奥まったところに原画展のポスターを見つける。そこには、よく見れば控えめなノブがついており、扉になっていた。押し開けると階段があり、この先がギャラリーだと分かった。

 受付で入場料を払い、チケットを貰う。□□は入り口近くの物販コーナーは後回しにして、早速原画を見て回ることにした。
 学生時代は何度も読み返したが、最近のものは一度ざっと目を通した程度だ。だから古いイラストは懐かしい想いでじっくり見たが、新しいものは立ち止まらずに歩きながら眺める。平日のためか、ほかの客はいない。

 小さなギャラリーを、小一時間かけて見てから、途中にあった丸テーブルに向かう。来場者が感想を書き込むためのノートが置かれている。最初のページには、イラストレーターと作者からのコメントが載せられていたので、それをじっくり読む。それからパラパラとめくってみると、「親子二代で読んでいます」「ずっと読み続けています」「久しぶりに読み返しました」などの言葉のほかに、イラストを添える人もいて華やかなページが多い。そのうちの何かが記憶に引っかかった。それを気にしつつも□□はペンを取る。完結を祝う言葉と簡単な感想を書き終えた頃には、ほかの客も来始めていた。
 最後に物販コーナーに戻る。未購入だった最終巻とポストカードセットを全種類購入して会場を出た。
 案の定、天気予報は外れて、雨がパラついていた。

 雨宿りも兼ねて来しなに見つけた喫茶店に入る。セットを頼み、先ほど買った文庫本を開く。冒頭には、毎回同じエピグラフ風の文章が書かれている。
「お待たせしました」
 その声に、ふたたび記憶が刺激される。□□は文庫本を閉じてテーブルの端によけた。
 店員が、ホットサンドやティーポットとカップが載ったトレーを置いて静かに立ち去った。

 軽食を済ませてから再び文庫本を開く。半ばまで読み進めた頃、店内が混みはじめてきたことに気が付いた。雨は上がったらしい。陽が差し込んできている。
 これ以上の長居は迷惑だろうと席を立つ。椅子が床に擦れる音に、記憶が蘇った。
「――くん」
 思わず声を上げる。
 店員が振り向き、数瞬の後、「あっ」と声を漏らした。


 その日も天気予報が外れて、小雨が降った。通り雨ならすぐ止むと誰かが言っている。
 転校して三日目、傘に入れてくれる友だちはまだいない。小さな島で唯一の中学校。教室に残っているクラスメイトに気兼ねして、雨宿りのつもりで図書室へ入った。
 棚を眺めても面白そうな本はない。諦めて帰ろうと思ったとき先客に気が付いた。机に対し体を斜にして座っている。手には、漫画風の絵が表紙に描かれた文庫本。図書室の本ではないことは明らかだ。
 相手は読み終わった本を机に置き、鞄を漁った。同じキャラクターが表紙に描かれた文庫本が出てくる。
「読む?」
 差し出された文庫本を、□□は受け取っていた。
 正面に座るのは恥ずかしく、斜め向かいの椅子を引いた。

 相手が立ち上がろうと椅子を動かした音にはっと気が付く。雨はすっかり上がり、夕陽が差し込んでいた。
「そろそろ最終下校だけど」
「あ、これ、ありがとう」
 読みかけの文庫本を返そうとするが、相手は受け取らない。
「気に入ったんなら貸すよ。返すのはいつでもいい。放課後は大抵ここにいるから」
「じゃあ、借ります。私は」
 名乗ろうとして気が付く。上履きのつま先は、□□と同じ色。学年に一クラスしかない学校だ。
「あれ? 分かってなかった? 同じクラスの――」

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