ひとしれずこそ1章

12 レコード

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 食後、夏由の両親はなんだかんだと理由をつけて早く帰りたがった。肇や和郞をもう少し話していたかった夏由がグズグズ麦茶を啜っている横で、肇は和郞に緑茶を注いでいる。
「ナツくんも高校二年生か」
 夏由に助け船を出そうとしたらしい和郞が選んだ話題は、夏由にとっては嬉しくないものだった。
「大学は、どこか狙っているところがあるかい」
 夏由が通う墨東高校は、都立高校の中では学力で上位の高校だ。志望大学に具体的な目標のない夏由は、文系私大クラスを選択した。学年の半数が選ぶ選択肢だ。

 進路は、友人たちの間でも時々話題になった。早いものはすでに目標を定めている。
「まだ、特には決めてないけど」
「なんかやりたいことはないのか」
 祖父の義男が少し厳しい口調で言う。
「実学を勉強して経営者になるなり、今の時代だ、コンピューターを勉強するか、学者になるか」
「経営者はちょっと」
 夏由が答えると、義男はふんと鼻を鳴らした。
「何だ。和郞も昭夫も会社経営には興味が無かったが。人に使われる人生を選ぶか」
「そんな大げさな」
 夏由の父、昭夫がため息をついた。
「ほら夏由。お前はダラダラしてるだけだけど父さんは明日も仕事があるんだ。帰るぞ」
 夏由の母、泰子の目配せに、昭夫は夏由を立たせようとする。
「ほうら、人に使われると忙しいばかりで、親とも語り合う時間が取れんようだ」
「父さんだって忙しくて僕たちと会話する時間もなかったでしょう」
 和郞が義男をたしなめる。
「まあ、お忙しくなされていたのね」
 肇の母のかなえが、場違いに明るい声を出した。
「久しぶりに会ったんだし、夏由くんだけでもゆっくりしていったらいかが」
 ありがたくない提案に、夏由は諦めて腰を浮かせた。
「じゃあ俺も行くよ」
 肇がそれに続いた。車で送ると和郞も立ち上がる。
「何だ皆して。だれもこの家には寄りつかん」
 拗ねた義男を、かなえが宥めた。

 昨年買い換えた和郞の車は少し古い型のマークⅡだ。
「そうだ肇くん、聞きたがっていたレコード、手に入ったよ。聞きに来るかい」
「あ、いいんですか」
 嬉々として助手席に乗り込もうとする肇を、夏由は羨ましそうに見た。
「夏由くんも。今日はウチに泊まればいいし」
「夏由、急に伺ったらご迷惑よ」
 車の方に足を向けかけた夏由を、泰子が止める。
「構わないよ。おいで」
 ドアを開けたまま夏由を見ている肇の視線からは、歓迎も迷惑も読み取れない。夏由は思い切って車の方に一歩進んだ。二人きりになる機会を駄目にして悪いとは思うが、せっかくの和郞からの誘いに、夏由は乗った。
「まったく。また何日も黙って泊まり込むようなことはしないで頂戴ね」
「分かってるよ」
「じゃあ、お預かりします」
 肇は助手席のドアを閉めると、後部座席のドアを開けた。先に夏由を乗せて、肇自身は助手席の後ろに乗る。
「親父の前は息が詰まるだろ」
 アクセルを踏み込みながら和郞が言った。
「はい」
 正直に夏由が答えると、和郞は笑った。

 レコードを手に入れたというのは、ただの口実だけでもなかったらしい。夏由は、和郞の部屋に重厚なステレオのセットがあることは知っていたが、レトロな蓄音機まであることは知らなかった。
 和郞は些細な部分では常に肇を優先する。それが肇が和郞を好きになった理由なのか、夏由は肇に聞いてみたいと思った。
 軽く目を閉じて、真剣にレコードの音に耳を傾ける肇を、和郞は大切なもののように見ている。
 好きな相手から、意味合いは違えども深い愛情を受けている肇を、夏由はただ羨ましく見ていた。 
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