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入浴後にこそこそと
消灯までの間、部屋では余り会話もなく気まずい雰囲気がただよっていた。悠翔が風呂で揶揄ったことを詫び、鳴澤と彦田も悪かったと口にする。
「俺こそ、変な反応してごめん」
夏由が謝り、今回の件は一応の決着が付いた形となった。
教員の見回りが終わり消灯時間になると、みなほっとした様子で目を閉じたが、夏由は半端に残ってしまった興奮と不快感で、なかなか寝付けなかった。
修学旅行二日目。この日はクラスごとに決めた文化・自然体験を行う。夏由たちのクラスは目的地である離島に向かうフェリーに乗った。午前中はガイドによる島の見所の案内、午後はグループに分かれて島を自由に散策する予定だ。
夏由は気持ちを切り替え、蟠りなく振る舞う。それを見た悠翔たちもいつもの調子に戻ったようだ。
あいにくの雨の中、神様が降臨したと言われる場所などを中心としたガイドツアーが始まった。大半の生徒は神話や歴史を中心とした話には興味を持てないらしい。しかし都心では見られない自然や建物には面白がってカメラを向けている生徒もいる。
「ここは皆さんにとっては観光地でも、島の人にとっては生活の場です。皆さんが普段暮らしているところを写真に撮られたらどう思うか考えて行動してください。では、次の場所は……」
ガイドが声をかけて、列が再び動き出した。
二時間のガイドツアーを終えた夏由たちは、グループでの自由散策に向かった。グループは、ホテルの部屋割りと同じメンバーである。
まずは腹ごしらえと、目に付いた食事処に入る。こぢんまりとした建物で、よく言えば趣のある店だ。都内で遊ぶときならば夏由たちは選びそうにない。悠翔や鳴澤たちは丼物を、夏由は蕎麦ならあっさりしてそうだという理由で沖縄そばにした。松本も、食べる機会がなさそうだといって沖縄そばを選んだ。
「どんな感じ」
「蕎麦と言うより、ラーメンの方が近いと思う」
鳴澤に感想を聞かれた夏由が答える。
「俺たちの班、明日の昼飯はソーキソバだろ。トッピングが違うだけで同じもの頼んでどうすんだよ」
「そうなの」
悠翔の言葉に、夏由が聞き返す。
「まあ、三枚肉がのっているか、ソーキがのっているかだけの違いと言えばそうですね」
お茶のおかわりを持ってきた店員が口を挟む。
「でも、お店によってお汁も違ったりしますから、食べ比べるのも面白いかも知れませんよ」
湯飲みにお茶をつぎ足して店員が去る。夏由は食べ足りなさそうにしている彦田のどんぶりに肉をのせた。
雨の中、観光マップを手に島を歩く。見所として紹介されているのはどれもガイドツアーと似たような内容だ。
「案内板とか小さすぎだろ」
島の方針で、神話にまつわる場所には目立つ看板は置かないらしい。鳴澤がそれを面白がってカメラを構える。夏由もお義理でデジタルカメラを出した。安価なものだが、修学旅行のためにと叔父の和郞が買ってくれたものだ。土産になる写真を何枚か見せるのが礼儀だろう。
「でも、目立たないけどちゃんと手入れされてる感じがする」
看板とスポットを写真に収めながら夏由が言った。カメラをナップザックにしまって、説明文を読む。
「大切に伝えてるってかんじで、なんかいいな」
「事前学習とかでも思ったけどさ、時城って実は歴史好きなんじゃないの」
鳴澤の言葉に、夏由は少し首をかしげた。
「どうだろう。あんまり意識したことなかったけど」
でも、こういう場所を見るのは楽しいかも知れないと夏由は思った。
夕方、ホテルに帰った夏由は、今日は夕飯の前に部屋で風呂を済ませる事にした。一人で入る方が落ち着くというのもあるが、昨日のように接近されたら、もう我慢できる自信がなかった。