ひとしれずこそ3章

4 二日目 2 夜

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 夕食後、彦田が持ち込んだ花札で遊んだ後、悠翔たちは風呂に行った。その間に夏由は飲み物を買いに売店へ向かう。一番負けた夏由が何か奢ることになったのだ。ゲームの途中、悠翔と鳴澤が何度か携帯電話をいじったり目配せしたりしているのが少し気になっていた。

 昨日は混雑したらしい売店だが、今日は落ち着いている。
 夏由は冷蔵庫の前に立った。シークァーサーやパイナップルなど南国のジュースに気を引かれ、小ぶりの瓶を二本ずつカゴに入れる。自分の分はどうしようかと迷っていると、誰かが隣に立った。
「あ、時城くん、それ買うの」
 声をかけてきたのは鈴木だった。昨日に続けてで、悠翔たちが居ればまた揶揄われることになっただろうと思い、少し憂鬱になる。
「ちょっと気になるよね、シークァーサー。やっぱり酸っぱいのかな」
「部屋の皆に頼まれて。罰ゲームみたいなものなんだけど」
 鈴木は湯上がりらしく、ほんのり上気した頬をしている。髪はまだ少し濡れていた。
「時城くんはどっち飲むの」
「歯磨きした後だから、俺は柑橘系は」
 夏由が麦茶のペットボトルを取ると、鈴木も「じゃあ私もこれ」と言って同じものを選んだ。先に会計を済ませる。
「あ、待って」
 ビニール袋を下げた夏由が帰ろうとするのを、鈴木が引き留める。
「ちょっとだけ、話出来ないかな」
 いつもはハキハキとものを言う鈴木が、少し躊躇うように言った。他人の恋愛には疎い夏由も、話の内容は察せられた。何も聞かずに立ち去るのは少々酷だと思いつつ、どう断ろうか考える。
「いいよ」
 夏由が答えると、鈴木はほっとした様子で、じゃあこっちでと歩き出す。

 鈴木が連れてきたのはプラーベートビーチに出るドアの前だ。夜になっても続いている雨のせいで、ビーチには誰もいない。良かったと鈴木が呟く。
「あの、時城くんて、今、付き合ってる人とか、いるのかな」
「一応、いないけど」
「じゃあ、好きな人、とかは」
 夏由は即答出来なかった。いると答えれば、どこかでそれが悠翔たちにも伝わるかもしれない。そうなれば相手は誰かと聞かれそうだ。だが、いないと嘘をつき、余計な期待をさせてしまうのも可哀想だ。
「もし、もしね、そういう人がいないんだったら。私と付き合ってください」
 鈴木が頭を下げる。風呂で温まったせいばかりでなく、頬が赤くなっている。
「文化祭の準備を一緒にして、時城くんてなんかいいなって思って、それで、文化祭の時に助けてくれて、好きだって思うようになって」
 顔を上げた鈴木が必死になって言葉を紡ぐ。
「私、時城くんのことが好きです」
 まっすぐに好きだと言える鈴木のことが、夏由は羨ましくなった。
 夏由が返事をしないと、鈴木の顔が泣き出しそうに歪んだ。
「好きな人は、いるよ」
 結局、夏由は正直に答えることを選んだ。
「でも、付き合ったりとかは無理な人。鈴木さんのと付き合うのも、ごめん、出来ない。そういう気持ちはないから」
「そっかあ。相手に彼氏がいるとか、かな」
 鈴木は無理したような笑顔で言った。
「文化祭の頃に別れたって言う話は聞いた。でも、その人が俺のことを俺と同じ意味で好きになることはないと思う」
「ありがとう、話を聞いてくれたのと、話してくれて」
 誰、どんな人、とは鈴木は聞かなかった。
「ごめんね」
 立ち去る鈴木の背中に、謝罪を投げかける。廊下を曲がった辺りで女子数人の声がした。今出て行けば鉢合わせになって気まずい。鈴木の泣き声が遠ざかるまで、夏由はその場で待った。


ひとしれずこそ

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