ひとしれずこそひとしれずこそ3章

12 受験生

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 個別指導という形式が夏由には合っていたのだろう。まずは自分で問題を解く。それに対して解説がある。教室で授業を受けるだけでは、出来ていないところを把握すること無く、漫然と話を聞き、結局分からないままになっていただろうと夏由は思った。
 予備校へ通う効果は、学校でも感じられた。今までなら授業中に問題を出されても、考えている振りでやり過ごしてきた。それが五月の連休明けには、真剣に取り組むようになっていたのである。
「時城もやっと受験生らしくなってきたよな」
 昼休み、菓子パンを囓っていた鳴澤が不意に言った。
「ああ、俺もそう思う。志望校決めて予備校に行きだして、ちょっと変わった感じがする」
 彦田が同意する。
「そうかな」
 悠翔は会話に入らず、しかし小さく頷いた。予備校で一緒の時間に数学の授業を受けていることは誰にも言っていないらしい。夏由自身もわざわざ言うつもりはなかった。
 夏由は照れ隠しにペットボトルに手を伸ばした。
「来週の模試は、俺自信あるぜ」
 弁当箱の蓋を閉めつつ彦田が言う。校内で行われる全国模試で、ここでの成績によっては志望校を考え直さなければいけないと教師たちが口にしている。
「俺だって」
「お前は受験関係ないだろ」
 胸を張る鳴澤の言葉に、悠翔がツッコミを入れた。専門学校だって受験はあると言って鳴澤が笑う。
 
 土曜日、夏由は予備校の教室長に言われたとおりに自習室で過ごしている。朝一番から夕方までで、自分で勉強する習慣の付いていなかった夏由は、最初の頃はただぼんやりと過ごしがちだった。
 チャイムが鳴って、夏由は取り組んでいた問題集から顔を上げた。
「差し入れ」
 話しかけられて、夏由は自分の隣の席を悠翔が使用していることに気がついた。来たときには空席だったはずだ。顔の高さほどのパーテーションはあるが、誰かが来たことにも気がつかないほど集中していたのは初めてだった。
「ありがとう」
 差し出されたチョコレート菓子を受け取る。
「じゃあ、おれ次のコマ授業あるから」
「頑張って」
 ひらりと片手をあげて自習室を出る悠翔を見送る。
 修学旅行以来、悠翔に話しかけられるのは初めてだった。

 次の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。一時間の昼休みは、夏由も休憩時間に充てることにしている。コンビニでおにぎりでも買ってこようと、財布と携帯電話だけ持ってエレベーターに乗る。
「おつかれ様」
「ん、おつかれ」
 偶然乗り合わせた悠翔に声を掛けると、悠翔もごく自然な調子で返してきた。
「時城もコンビニか」
「うん。岡田も」
 言いながらエレベーターを降りて、一緒にビルを出る。なんとなく一緒にコンビニで買い物をして、自習室に戻った。ぎこちない距離ではあるが、近くにいることを拒否されていないことに、夏由は安堵した。


ひとしれずこそ

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