ひとしれずこそ3章

10 進級

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 悠翔が希望の進路を、ある私大の経済学部に絞ったと言うことを、夏由は人伝に聞いた。修学旅行以来、悠翔とは口をきいていない。
 夏由は結局、悠翔と同じ私大の経済学部で進路調査票を提出した。少し調べたところ、「経済史」という分野なら、多少は興味を持てそうだと思ったからだ。あわよくば、今後も悠翔との繋がりを保ちたいという打算もある。
 今の夏由にとっては安全圏とは言いがたい進路希望だが、担任は第一志望を決めたことに安心した様子だった。滑り止めとして、肇の通う大学の経済学部も記入した。
 
 四月になり、夏由と悠翔は私立文系コースで再び同じクラスになった。
 この頃には、二人の会話がないことは当たり前のことになっており、誰も話題にしなくなっていた。そのことは、夏由の精神的な負担を少しだけ軽くした。
 
「岡田、飯食ってかないか」
 始業式の日の放課後、鳴澤が悠翔に声を掛けていた。夏由はそっと教室を出る。鳴澤たちも同じクラスで、夏由は親しい人たちとまた一緒に過ごせることに安心した。彼らは夏由の気持ちを知ってからも、夏由から離れることはなかった。だが、彼らは学校外で何かするときに、夏由と悠翔を同時に何かに誘うことはなくなった。
「時城は、飯行く」
 悠翔は予備校があるからと言って誘いを断ったらしい。追いかけてきた鳴澤と彦田に誘われたが、悠翔の代わりとして扱われているような気分で、嬉しくはなかった。
「俺も、用事があるから」
「じゃあまた今度な」
 つい断ってしまってからため息をついた。早く家に帰っても、母親に勉強しろと言われるだけだ。まだ予備校に通っていないのは遅いとも言われる。去年の夏にはお金の心配の方が勝っていた様子だったが、今では私大でもよいから浪人は駄目だという態度になっている。

 家で昼食を取った後、夏由は自室に籠もった。夏由自身も、いい加減に受験勉強を始めなければいけないことは分かっている。だが、なんとなく身が入らない。周囲に流されるまま決めた進路だ。自分が進学をするという実感がわかないのである。
 とりあえず、祖父からのお年玉で買いそろえた参考書を開いてみる。夏由の通う墨東高校自体が一応は進学校を自称しているだけあり、そこで真ん中程度の成績を維持している夏由は、基本的な問題ならば解くことが出来た。だが、少し捻った問題は手こずる。高校二年生までの学習範囲であっても、受験レベルの問題になると手も足も出なかった。
 予備校へ通うかどうかは迷っているが、やはり通わなければまずいだろう。
「夏由、ちょっといい」
 母親がドア越しに呼んだ。夏由はぼんやり眺めるだけだった参考書を閉じて部屋を出る。
「何」
「予備校、ここだったら通いやすそうだから、申し込んで来ちゃいなさい」
 チラシを一枚見せてくる。有名な大手ではないが、個別指導を売りにした、地元では名の通った予備校である。進学実績はそこそこだが、夏由の志望校であれば十分に対応が可能らしい。
「ほら、もう電話してあるから、今からさっさと行きなさいね」
「勝手に」
「そうでもしないと自分じゃ何もしないでしょ」
 母親の剣幕に押されて、夏由は頷いた。


ひとしれずこそ

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