ひとしれずこそ3章

8 最終日 恋のお守り

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 みなが気まずく沈黙したまま長い時間を過ごした。寝たふりも出来ないような、重い沈黙がのしかかかる。夏由の叫びで一同は夏由の気持ちを察してしまったが、確かめることも出来ない。
「ごめん」
 ずいぶん長い時間が経ってから、夏由が言った。
「俺たちこそ、悪かった」
 答えたのは松本だった。
「無理矢理聞き出すような真似をして良いことじゃなかったよな」
「その、時城は、何というか」
 彦田が質問しかけて、止める。
「うん。気色悪い話かも知れないけど、ここまで来たら半端にしておく方がみんな、もやもやしたままでしょ」
「まあ、な」
 彦田が頷く。
 全く話に参加しない悠翔を、夏由はチラッと見た。
「俺は、岡田のことが好き。変なこと聞かせてごめん。岡田も、気持ち悪い話に巻き込んで」
「もういいよ。言わせたのは、俺だろ。俺こそ悪かった」
 悠翔の言葉に、もう誰もなにも言わなかった。

 修学旅行最終日、再び班に分かれて観光した後、国際通りで昼食となる。
「ステーキハウスだろ、楽しみだよな」
 わざとらしくはしゃいだ鳴澤に、同じ班の女子も夏由と悠翔の間に何かがあったらしいと気がついたようだ。
 夏由たちは、計画通りにタクシーで那覇周辺を巡る。
 琉球王国最大の別邸であった識名園をなどを見学した後は、国際通りの裏通りをぶらぶらして時間を調整した。
「これ見て、恋のお守りだって」
 木本が杉山に勧めているのは、露天に並ぶアクセサリーだ。周囲には似たような露天商が連なっている。夏由にとってはただビーズを輪にしただけにしか思えないものが、「恋のお守り」という名前が付いただけで女子の関心を引くものになる。
「ここにあるのはみんな、沖縄伝統の呪術師がおまじないをかけたんだよ」
 ラフなTシャツに上着をはおった店主が言うのを、杉山は熱心に聞いている。
「これ付けて告白しちゃいなよ」
 木本が杉山にお節介を焼いているらしい。夏由は自分の身に置き換えて少し辛くなった。
「こっちはペンダント型だね」
 木村が手にしているのは、ビーズを立体的なハート型に組み上げたものに革紐を付けたものだ。これもお守りだという。
 隣にあったドッグタグを夏由が持ち上げた。二枚組で、どちらにも小さな赤い石が埋め込まれている。悠翔と鳴澤は、飽きて隣の店を覗いている。
「そっちは恋人同士で一枚交換するといいよ。片思いなら、片方は相手の名前を入れておくと利くよ。二千五百円。名前を彫る代金も値段に入ってるからね」
 ここまでいわれると、さすがに胡散臭さを感じたのか、木本と木村はやっぱり止めようかという表情になっている。だが、杉山はブレスレット型のものを買うことにしたようだ。
「時城くんも好きな人がいるの」
「……」
 聞かれても、夏由は答えなかった。それを恥ずかしがってのことと杉山は思ったようだ。
「一緒に頑張ろう。私これ付けて頑張って告白するから、時城くんも」
「俺は、いいよ」
 値段を理由にして夏由はドッグタグを戻した。隣の店では、鳴澤が骸骨がデザインされたペンダントを買ったようだ。

 時間が迫ってきたので、六人は集合場所に向かった。他の班と合流し、安心したように女子のグループに入っていく三人を、夏由たちは見送る。
「着いた順に奥から座って食い始めていいぞ」
 教員の指示に従い、悠翔が店内に入る。カウンター席で、夏由は悠翔とは鳴澤を挟んだ位置に座った。目の前で店員が焼いてくれるステーキも、夏由の憂鬱を晴らしてはくれない。
 悠翔も同様らしく、出されたものをただ黙々と腹に詰め込んでいた。
 わいわいと騒ぐ女子たちは、班行動の間に仕入れた噂話を交換し合っているらしい。中心となるのはやはり恋愛の話のようだ。
 杉山が声をひそめて何事かを話している。ちらちらと夏由を見ている人に気がつき、自分が話題にされていることを知った。


ひとしれずこそ

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