ひとしれずこそ3章

7 三日目 3 夜

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 修学旅行も終盤ともなれば、誰が告白しただのカップル成立しただのという話もちらほら聞こえてくる。噂話を仕入れてきた松本は、そんな話の一つとして2組の鈴木が振られたらしいと言った。
 夏由は布団の中で身をすくめたが、相手のことまでは噂になっておらず、悠翔と鳴澤も特にコメントしなかったためホッと息を吐いた。
 ただ、松本も彦田も事情は察していたらしく、話題を悠翔のことに変えた。
「新しい彼女を作る気はないのか」
 彦田が水を向けると、悠翔は浮かない顔で首を振った。
「今は、特にそういう相手もいないし。先輩のことはまだ好きだし。振られたときも、いろいろしてくれて、今はそれにも感謝してるっていうのか……」
「鳴澤は」
 松本が尋ねる。いつもはっきりと物事を言う鳴澤にしては珍しく、少し躊躇った後、口を開いた。
「今だからいうけど、岡本先輩のことは、割と好きというか。付き合うなら岡本先輩かなって思ってる」
「告白は」
「してない。そのときには先輩、岡田と付き合ってたし。受験とか終わるまでは煩わせたくないから」
 夏由の問いに鳴澤は間髪入れずに答えた。
「だから、別に先輩が二股とか、そういうのはないから安心しろ」
「分かってる。それより松本はどうなんだよ」
「俺は、付き合ってるまでは行ってないけど、それなりの人は……」
 松本が口ごもる。
「俺たちが知ってる人か」
 彦田が追求する。
「相手がどう思ってるか分からないし、俺だけがそう思ってたら相手も気まずいから内緒」
「それは狡いな」
 冗談めかした調子で悠翔が言うと、松本は真剣な調子で答えた。
「ちゃんと付き合ってるって言えるようになったら、皆には言うよ」
「じゃあそれまで待つから頑張れよ」
 悠翔の応援に松本が頷く。

 次は誰の話という雰囲気になり、一同の視線は彦田に向かった。
「ああ、俺の番か?」
 茶化した調子で彦田が自分を指さした。もともと夏由と鈴木の話題から離れるために始まった告白タイムである。
「みんなゲロったんだ、お前も吐いちゃえよ」
 悪役じみた言い方で鳴澤が促す。
「じゃあ言うがな」
 彦田が声をひそめる。みなが次の言葉を待って黙った。
「茶道部の後輩に告白された」
「いつ」
「どこで」
「誰に」
「どんな風に」
 悠翔、鳴澤、松本が矢継ぎ早に質問したので、夏由もとっさにそれに加わった。
「まるで作文の型だな」
 彦田が苦笑いした。それから真面目な表情になって答えていく。
「告白されたのは文化祭の初日で、その子が担当するお点前てまえのお運びが終わったときな。うまく出来たら告白するつもりだったらしい」
 文化祭では多人数に抹茶を振る舞うため、お茶をてる二、三年生と、それを運ぶ一年生に役割が別れている。
「ちなみにその子の担当は話題の岡本先輩と俺だった」
「それはどうでもいい」
 鳴澤が続きを催促する。
「皆が帰った後の水屋でな」
 墨東高校の和室には、簡単な水道設備がついた水屋が付けられている。小型の冷蔵庫もあり、茶道部では「家出してもここで暮らせる」という定番の冗談があるという。
「ごくシンプルに、『好きです。付き合ってください』だった」
「それで」
 今度は松本が合いの手を入れた。
「『ごめんなさい』したよ。いい子だったし、後輩としては悪くないけど。有り体に言えば恋愛的な好みじゃないタイプだな。普通に可愛い後輩の一人だ」

 話が一巡して、みなの興味がまた夏由に戻ってきた。
「時城は、好きな人はいないの」
 あえて鈴木のことには触れずに松本が尋ねる。悠翔が止めておけというように視線を送ったが、今日一日の気まずさを知らない松本には通じなかった。
 夏由も、ここで頑なになっては余計に詮索されると思い、口を開いた。
「好きな人ならいる」
「聞いてもいいか。俺たちが知ってる人か」
 彦田が自然な調子で尋ねる。
「……知ってる人」
「同じクラスか」
「……うん」
 松本が何人かの女子の名前を挙げる。誰もが男子の人気の人である。だが、誰の名前にも夏由は首を振った。
「ここまで言ったんだし、俺たちだけにでも教えろよ」
 内緒にしたいなら誰にも言わないからと鳴澤が促す。
「イニシャルだけでも」
 悠翔にそう言われて、夏由は拷問でもされているような気分だった。
「そこまで言えないような相手なのか」
 松本が少し心配そうに聞いてくる。
「松本だって言わなかったじゃん」
「……俺の場合は、言うと相手が変な目で見られるかも知れないから」
「それって」
 声には出さず、「おとこ」と鳴澤が唇を動かした。松本は否定しないことで答えに代えた。
「バンドなんかだと、半分以上はビジネス的にと言うか、女性ファンが喜ぶから、そういうのもあるんだよ。ガチなのかどうかはわからないけどな」
 だから話を聞くだけなら多少は慣れていると鳴澤が言う。
「俺はお前がそうでも応援するぜ。言っちゃいな、ここだけの話にするし」
 気楽な調子で悠翔が言う。
「岡田にそんな風に気軽に言われたくない」
 思わず叫んだ夏由に、一同は沈黙した。


ひとしれずこそ

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