ひとしれずこそ2章

9 練習

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 結局、悠翔の練習が一通り済んでから、改めてメンバーが集まることに決まった。悠翔が弾くパートは、初心者でも文化祭程度ならなんとかなるし、経験者の彦田がギターソロを担当する。そう説明されても夏由にはピンとこなかった。
「そもそも初めてちゃんと聴く曲だし」
 ギターを鳴澤に返して、痛くなった指先を見ながら悠翔が言った。
「時城が知ってるのは意外だったな」
「従兄弟の兄さんが洋楽好きだから」
 悠翔の疑問に夏由が答えた。
「明日は時間ある? 練習するなら付き合えるけど」
 鳴澤がギターの手入れをしながら訊ねた。
「あー、うん。午前中なら時間取れる。練習しなきゃマジでやばそうだな」
 悠翔は視線を上に向けて少し考えて、返事をした。
「まあ、コードを覚えるまではちょっと大変だよな。これはパワーコードとか単音とかだからまたちょっと違う、かな?」
 彦田が言う。
「そんなに難しいものなの」
 夏由が何気なく言うと、悠翔が大きく頷いた。
「何ならお前、代わるか」
「むしろもう一曲やろうか。同じDeep Purpleで何か」
 鳴澤が提案すると、悠翔が顔をしかめた。
「だったら、『Black Night』か」
 彦田が言うと、夏由は曲の頭の部分を口ずさんだ。
「それも知らない。もう一曲なんて覚えられないって」
「だから、時城がギターやれば良いって。歌うのは歌詞見ながらならイケるでしょ」
「俺、やってみても良いけど。せっかくやるのに一曲じゃ勿体ない気もするし」
「よっしゃ、3対1だな。じゃあ岡田には俺が教える」
 彦田の言葉に、悠翔は仕方なさそうに頷いた。

「まあ、作戦は成功だろ」
 早速彦田の家に寄ってギターを習うという夏由たちと別れて、悠翔は鳴澤とファストフード店に入った。これからバンドの練習がある鳴澤は、その前に軽く食事をしたいらしい。悠翔も予備校の前に何かつまむ積もりだったので付き合う。
「そうだけどさ。一曲だけ、ちょっとやってみようってつもりだったから」
「予定より大事おおごとになった気分なんだろ」
「まあ、うん」
 悠翔は答えて、ナゲットを口に放り込んだ。
「でもさ、なんでまた時城を構うんだ? 確かに文化祭だし、去年みたくポツンとしてるよりは良いんだろうけど」
「よくわかんないけど、友達だから、かな」
「ふうん?」
「あいつ、誰かを誘って遊んだりとか、しないじゃん。そのくせ構って欲しそうにこっち見てくるのが、なんとなく気になるし」
「確かに、あいつ自分からは動かないな」
 鳴澤がハンバーガーにかぶりつく。一口が大きいが、食べ方が綺麗だ。口の周りをソースで汚すこともない。不真面目そうな見た目や態度で教師に目を付けられやすい鳴澤だが、食事の行儀は良いんだなと悠翔は思った。
「せっかくの文化祭だし、ちょっとお節介してみようかなって。それだけだよ」
「お前ってさ」
 鳴澤がハンバーガーの包みをたたみながら言う。
「誰とでも仲いいし、そのくせあんまり深入りしないけど、時城に関しては別だよな」
「そんなこともないと思うけど。時城が友達づきあいが多くないから、あいつにとっては俺と一緒に居ることが多くなるだけで、俺自身は特別時城と居る時間が長いわけじゃないし」
 悠翔は時間を気にする振りをして、テーブルの上を片付け始めた。
 
 二時間ほど練習に付き合ってもらい、夏由は彦田の家を辞した。
 曲を知っているだけあってリズムを取るのは早かったが、どの弦のどの場所を押さえるかがすぐに分からなくなる。読み慣れないタブ譜にも一苦労だ。
 だが、今までただ聴くだけだった音楽を自分の手で奏でるのは面白かった。
「面白がれるならすぐ弾けるようになるな」
 練習中に彦田に言われた言葉も、夏由のやる気を引き出した。
「ただいま」
「お帰り、遅かったのね」
 普段、友達と遊び歩くことの少ない夏由に、母親が少し心配そうに声をかけた。
「文化祭の準備で、友達の家に行ってたから」
「そう。でも遅くなるときは電話くらいしなさいね」
「文化祭までは、このくらいになるかも知れない。ギターの練習をすることになったから」
 突然の宣言に驚く母親がキッチンから出てくる前に、夏由は部屋に入った。
 

ひとしれずこそ

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