ひとしれずこそ2章

10 前日準備

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 文化祭の前日は授業がなく、一日準備時間に充てられる。
 朝から不要な机を運び出したり、教室内の飾り付けをしたりと騒がしい。この日からクラスごとに申請してあるTシャツや法被を着ることが出来るため、校内はどことなく華やかな雰囲気になっている。
「俺たち、昼過ぎから三十分くらい抜けるから」
 バンドの練習で、音楽室の割り当てがあると鳴澤がクラスの実行委員に伝えた。
「おう。ボクジャムに出るんだっけ」
 体育館で行われる『墨ジャム』とは、学校名の『墨東』に音楽番組の名前をあわせて付けられた、音楽イベントだ。複数のバンドやグループが演奏したり歌ったり、楽しみにしている生徒も多い。教師が出演することも毎年話題になる。
「いや、視聴覚室のほう」
 視聴覚室ではバンドのライブが行われる。持ち時間はセッティングから撤退まで三十分以内と短いが、観客との一体感でより盛り上がれるとバンド好きには人気の企画だ。
「分かった。練習頑張れよ」
「えー、鳴澤くん、お菓子の買い物に付き合ってくれるんじゃなかったっけ」
「それは設営が終わってからだろ。それまでには戻れるから」
 女子のグループが不満を漏らすのを宥める。
「まあ。それなら良いけど」
「じゃあ、ちょっと廊下を手伝ってくるから」
 
 廊下では夏由を中心に、屋台風の飾りが取り付けられているところだった。
 ドアの上にある窓枠に、角材で作ったパーツを引っかける。赤い布地に「射的」「ヨーヨー釣り」など出し物の内容をかいたものを両面テープで固定すると、テント風になり、縁日らしい雰囲気になった。
「そっちはどう」
 自分のクラスの分を終えた夏由は、隣の教室の前を見て訊ねた。壁の飾りは進んでいるが、屋台風の飾りはまだ付いていなかった。
「高いとこ手伝ってくれない。うちら女子だけだし、脚立借りられなかったんだよね」
 遠阪が夏由に言った。桧山もパーツを夏由に突き出す。
 仕方なく夏由が脚立を持って手伝いに行った。

 夏由が二組の設営を手伝っている間に、悠翔が廊下の壁の飾りを運んできた。折り紙で作った輪飾りや、絵の上手いクラスメイトに描いて貰った出し物のイラストなどである。
 鳴澤と彦田も加わって、飾りをレイアウトしていく。
「やっぱ並んでるといいじゃん」
 遠坂が、二つの教室の間に立って言った。
「ね、良かったでしょ」
 最初にこのアイデアを出した鈴木も満足そうだ。夏由も頷く。
「うん。お祭りって感じがする」
「そっち終わったらこっちも手伝えよ」
 鳴澤が夏由を呼んだ。壁一面を飾るのは、案外手間がかかる。夏由は悠翔から輪飾りを受け取った。

 音楽室での練習は短時間で、確認程度しか出来ない。教室や廊下ではドラムがあわせられなかったので、全ての楽器が揃うのは今日が二回目だ。
 まずは悠翔がギターを抱えた。アイコンタクトをして弾き始める。鳴澤のドラムが入り、郁恵のベースが入ると十分に聴き応えのあるメロディーになった。夏由のボーカルと彦田のギターもそれに加わる。
「ごめんトチった」
 一曲終わって、悠翔が謝る。
「全然イケてるって。あとここは……」
 鳴澤がフォローしつつ、いくつかアドバイスをする。2,3回確かめるように弾き直して、悠翔は夏由にギターを渡した。
「歌詞は覚えたのかしら」
 郁恵が悠翔に言う。悠翔は無言で楽譜をめくった。
「じゃあ、いい?」
 郁恵が全員と軽く目を合わせた。今度はベースから曲が始まる。郁恵に合図を貰って夏由が弾き始める。ほんの一週間練習しただけにしては、それなりに弾けているのではないかと夏由は思った。難しい部分は彦田に任せるが、夏由が一人で弾く部分も多い。
「良い感じね」
 演奏が終わり、郁恵が夏由に言った。
「なんとか間に合ったかな」
 本番は明後日だ。
 

ひとしれずこそ

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