ひとしれずこそ2章

16 幕間

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 文化祭から三日がたった、最初の登校日。
 夏由は職員室へ呼び出された。
「うちのクラスで未提出なのはお前だけだぞ」
 担任の叱責に、夏由は俯いて反省している姿を見せた。
「来年は進路別のクラス分けになるし、受験科目に応じて授業も選択になるから、進路希望調査票は必ず提出しろと言ったよな」
「はい」
「じゃあなんで出さなかったんだ」
「……まだ、進路を決めていないからです」
 夏由の言葉に、担任は深く息をつく。
「別に受験する学校名までは書かなくても良いんだから、文系か理系か、国公か私立かくらいは決まってるだろう」
「はい」
「じゃあそれだけでも今書け」
 用紙とペンを突き出された夏由は、机の端を借りて、「私立文系」の欄に丸を付けた。
「中間テストのあと、全員に個別面談をするから、それまでにもっとよく考えておくように」
 しっしっと追い払う仕草をする担任に一礼して、夏由は職員室を出た。

 文化祭が終われば、三年生は徐々に大学受験が始まる。
 その影響か、二年生の教室でも、授業中の雰囲気が少し変わった。
 難関大学への進学者こそ滅多にいないが、夏由の通う高校は進学に重きを置いている高校である。
 授業内容も受験を意識したもになり、大半の生徒はそれに応えて真面目に勉強するようになる。
 夏由にとって意外だったのは、大学受験はしないと公言している鳴澤までもが成績を気にするような発言をしていることだ。
「大学は行かないけど専門学校は行くし、大学の一般教養をやらない分、普通の人がやるような勉強できるのは今だけだから」
 夏由に答えた後、鳴澤は照れくさそうに菓子パンをかじった。
「今どき、バカじゃバンドデビューは出来ないだろ」
 彦田が真剣な口調で言った。
「彦田は」
「俺は経営学部狙い。ばあちゃんの呉服屋を継ぎたいし、日本の文化を勉強できるとことか、後は服飾系も考えたけど」
 夏由は悠翔に視線を向けた。
「正直、俺はこれから考え直しだな」
 もともとは、文化祭当日に別れた郁恵と同じ学校への進学を目指していた。郁恵は看護系の学部だが、悠翔は経済学部を候補にしていた。
「まあ、今んとこはどこでも良いから経済学部かな」
 一同の視線が夏由に向けられる。
「俺は、」
 夏由は口ごもった。
「俺は何をやりたいんだろう」
「お前、日本史はそこそこ成績いいじゃん」
 鳴澤が言う。
「数学は駄目だけどな」
「そういえば彦田って意外と数学出来たよな」
 悠翔が言うと、彦田は胸を張った。
「経営学部は割と数学使うらしいしな。岡田も経済学部行くなら数学は真面目にやっといた方が良いぞ」
「文理で言えばほぼ文系なのにな」
 悠翔がぼやいた。
「鳴澤は政経と世界史?」
 話題が少し変わったことにほっとしつつ、夏由が聞く。
「経済は生きてくには必要だし、政治は俺、意外と好きかもな」
「バンドマン目指す割には、鳴澤って現実的だよね」
 夏由の言葉に、悠翔と彦田がしみじみと頷く。
「俺たちの中では一番生活力ありそうだし」
 悠翔が言った。
「そうそう、飯も自分で作れるだろ。手先は器用で裁縫も得意だし」
「バンドで売れなかったらウチに嫁にこないか」
「ぜってー売れてやるからパス」
 彦田の冗談を、夏由は笑う気分にはなれなかった。

ひとしれずこそ

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