ひとしれずこそ2章

14 文化祭4

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 文化祭二日目。夏由は足首の捻挫のために校内を見て回ることはせず、午前中は教室内で店番をして過ごした。
 悠翔は、彦田に誘われて茶道部のお茶会に顔を出している。彦田がお茶を点てるところを夏由も見物したかったが、正座もあぐらも出来ないため諦める。鳴澤も視聴覚室や体育館のイベントを見に行っており、親しい友人はみな不在だった。
「ほら、差し入れ」
 窓際でぼんやりとヨーヨーを弄んでいた夏由に、松本が何かを投げて寄越した。
 小さな紙袋が夏由の膝に落ちる。
「家庭科部のクッキーだって」
「そんなところに行ってたの」
「いや、二組の女子連中がくれたから、お裾分け」
 一学期にはほとんど交流が無かった隣のクラスと、文化祭の準備を通じて親しくなった。その立役者が夏由である。
「ありがと」
 夏由は受け取った紙袋を掲げて礼を言った。松本はそのまま近づいてきて、窓の下の細い部分に頬杖をついて外を見た。
「お前も災難だったな。せっかくの文化祭なのに」
「でも、昨日で大体見て回ったから」
「そっか」
 松本が振り向いて、今度は窓に寄りかかった。
「バンドやるんだろ。見に行くから頑張れよ」
「うん、ありがとう」

 昼食は、戻ってきた悠翔たちと二組の焼きそばで済ませた。夏由は貰ったチケットを使いご馳走になった。
 視聴覚室の前の廊下に四人が集まり、夏由と悠翔が最後の確認を始めた。夏由は彦田が借りてきたパイプ椅子に座って、感触を確かめる。
 やがて郁恵がベースを担いでやってきた。少し離れて位置で、黙ってチューニングを始める。
 一応はロックバンドであることを意識してか、髪を高い位置でポニーテールにまとめている。それだけで少しキツい印象になっていた。
「スカート、短くない」
 悠翔が非難がましい口調で言う。ベルトの部分を折り返しているようだ。
 郁恵は悠翔を見て、無言で手招きした。小声で何か伝える。悠翔は一瞬目を見開いたが、何事もなかったかのように夏由たちのところに戻ってきた。

 前のバンドの演奏が終わった。撤収と、夏由たちの準備で一時的に廊下が騒がしくなる。松本が、他のクラスメイト数人と一緒に視聴覚室へ入った。
 パイプ椅子を前の方に置いてもらい、夏由が座った。他のメンバーも位置に付く。
「緊張する」
 マイクを持った夏由がいうと、スイッチの入ったままだったマイクがその声を拾った。クスクスと笑い声が広がる。頑張れと誰かが応援した。
「じゃあ、場も温まったかな。そろそろ始めます。まずは『Smoke On The Water』」
 ドラムの前に座った鳴澤が言う。悠翔がギターのネックを握り直した。

 悠翔のギターに、鳴澤のドラムが加わる。特徴的なイントロのリフは、まずまずの滑り出しだ。ベースが加わると、急ごしらえのバンドでも十分に聴き応えのある音になった。
 一瞬、悠翔とアイコンタクトをして夏由が歌い始める。聞き慣れない洋楽に戸惑っていた観客もノリ始めた。壁際では年配の英語教師が頷いてリズムを取っている。その隣では、校長も楽しげに見ていた。
 サビでは彦田がハモり、さらに盛り上げる。
 彦田が一歩前に出た。郁恵と視線を合わせてから、ソロパートに入る。少し顔をしかめながらも引き切ったところで拍手がわいた。おどけたように一礼して彦田が下がると、再び夏由のボーカルが入る。
 一曲終わり、悠翔がほっと息を吐いた。うっすら汗をかいた額をみて、夏由は気持ちが昂ぶる。ギターを受け渡すとき、一瞬、悠翔の熱い手が夏由に触れた。
「頑張れよ」
 夏由からマイクを受け取りつつ、悠翔がささやく。夏由は力強く頷いた。
「じゃあそろそろ良いでしょうか。次の曲は、多分CMで聞いたことがあると思います。『Black Night』!」
 悠翔からギターを受け取った夏由の準備が終わると、トークで場を繋いでいた鳴澤が曲を紹介した。
 郁恵と鳴澤がうなずき合ってタイミングを合わせ3連符を弾き始める。夏由のギターが加わり、悠翔が歌い始める。
 自分の演奏で悠翔が歌うことが、夏由には嬉しかった。悠翔の声に気を取られて、指が絡まりそうになる。
 悠翔の歌う姿を見たいが、弦やフレッドを見て確かめなければすぐに分からなくなってしまうのがもどかしい。
 難しい部分は彦田と代わりながら、郁恵のベースを引き立てるようにして曲を作り上げていく。
 夏由が、もっと練習すれば良かったと思っているうちに、曲が終わった。
「よかったぞ」
 無事に二曲終わると、英語教師が手をメガホンにして叫んだ。
「ありがとうございます」
 五人が声を揃えると、割れんばかりに拍手が鳴った。


ひとしれずこそ

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