ひとしれずこそ2章

13 文化祭3

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 保健室で手当を受けた夏由が教室に戻ると、事故のことはすでにクラスメイトに知られていた。
「どう」
 鳴澤が空いている椅子を用意しながら訊ねる。
「腕とか手首は大丈夫だけど、立つのはちょっと」
「軽い捻挫じゃないかって」
 悠翔が補足する。夏由は、悠翔に支えられながら椅子に腰を下ろした。
「名誉の負傷だってな」
 彦田が揶揄い半分の口調で言いながら、食券を差し出した。二年二組、鈴木たちのクラスのものだ。日付は明日になっている。
「鈴木さんたちがお見舞いとお詫びにだって」
「あとで顔見せてやれよ。だいぶ心配してたし」
 鳴澤の言葉に夏由は頷いた。
 
 今日の公開時間が過ぎた。ホームルームも終わった各教室では、片付けや明日の準備が進められていた。
 夏由が壊れた射的の的を直しに行こうとケンケンしていると、悠翔が駆け寄ってきた。
「今日はもういいから帰れよ」
「うん、でも叔父さんが車をだしてくれるから。それまでは手伝うよ」
 夏由の両親は車を持っていない。叔父の和郞が母を学校まで連れてきてくれる事になった。
「じゃあそれまで座ってろ」
 彦田が夏由を支えて椅子まで連れ戻す。
「明日は、大丈夫そうか。手首は痛めてないんだよな」
 鳴澤が夏由の前にしゃがみ込む。包帯で固定された夏由の足首をチラと見て、それから夏由の顔を見上げた。
「立ってるのはちょっと難しいかな」
「そっか。じゃあ椅子でも用意しとくか。あぐらもキツいだろ」
 夏由は、鳴澤が明日のバンドの演奏について確認していることにようやく気がついた。ギターを構えるポーズを取ってみる。
「夏由くん」
 そこへ、教室の入り口から声をかけるものがあった。
「あ、叔父さん」
 和郞である。一緒に学校へ来ているはずの母親の姿は見えない。
「おばさんは先生に挨拶してくるって」
 言いながら、和郞は夏由に肩を貸して立たせた。悠翔が夏由の荷物を持った。受け取ろうとした夏由に首を振って、悠翔は廊下に出た。
「下まで持ってくよ」
「あ、ありがと」
「また転んだら大変だからな」

 校門で母親と合流した夏由は、和郞の手を借りて車に乗り込んだ。自宅へ帰る前に、休日診療を行っている診療所へ寄った。
 保健室での見立て通りの捻挫で、湿布薬を処方された。
「大したことなくて良かったね」
 和郞が安心したように言う。
「そうね。でも安静にしてなさい。明日は」
「平気だよ。明日もやることがあるし」
 一日休むよう言いかけた母親の先回りをして夏由が言う。珍しく積極的な夏由に、母親は少し驚いたようだ。
「なら、明日の朝は迎えに来るよ」
「じゃあ、あんまり歩き回らないのよ」
 母親がため息をつく。車は夏由たちの住むマンションの前に止まった。

 翌朝。いつもより早めに登校した夏由は、昇降口に座り込んでいる鳴澤と、ロッカーにもたれて立っている彦田を見つけた。
「おはよ」
 まだ眠そうな顔の鳴澤が立ち上がり、夏由から鞄を取り上げる。彦田は夏由に肩を貸した。
「調子はどう。まだ痛い」
「うん、足をつくと痛いけど、腫れはそんなに無いから大丈夫」
 夏由が答えると、彦田は安心したように笑った。
「じゃあ夏由くん、気を付けて。帰りは送れなくて悪いね」
 片手を上げて挨拶をする和郞を見送ると、鳴澤が大股で一歩、夏由に近づいた。
「昨日も思ったけど、あの叔父さん格好良いな。こう、仕草とか」
「あ、分かる。なんか出来るオトナって感じで」
「そうかな」
 首をかしげながらも、夏由は内心では嬉しかった。

ひとしれずこそ

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