ひとしれずこそ2章

12 文化祭2

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 一通り校内を見て回った夏由は、悠翔と一緒に最上階にある視聴覚室へ向かっていた。そこは今日と明日は簡易的なライブハウスとして使われている。
「あー、やっぱりもう一回練習しておきたいな」
 悠翔がギターを弾く手真似をしながら階段に足をかける。明日は、夏由たちのバンドが演奏をする予定だ。
「そういえば、バンド名ってどうなってるんだっけ」
 夏由が、チョコバナナと一緒にビニール袋に入れておいた文化祭のパンフレットを出した。
 バンド企画のページを開く。
「あれ、そういえば聞いてないな。申請は全部鳴澤がやってくれたし」
 去年も別のバンドで参加している鳴澤が、このバンドの中心となって動いている。その他に、彦田と郁恵がメンバーだ。
「1時半からの回って言ってたよね」
 該当する時間のバンド名を確認する。悠翔もそれを覗き込んだ。
「『ライト・バイオレット』、なるほど」
「何が成る程なんだよ」
「俺たちが弾くのって、『Deep Purple』の曲だから」
 夏由が言うと、悠翔は納得したように頷いた。ちょっとしたシャレのつもりなのかも知れないと夏由は思った。
 夏由は、パラパラとパンフレットをめくりながら踊り場を曲がった。一段上る。
「体育館の、先生たちのステージ、明日の11時だって」
 もう一段上りながら、まだ踊り場にいる悠翔を振り返る。
「きゃ」
 女性の短い叫び声。
 前を向く悠翔めがけて、鈴木が落ちてくる。手には焼きそばのパックがのったトレイを持っていた。
 夏由はとっさに右手で手すりを掴む。左手を広げて鈴木を受け止める。夏由は、二人分の体重を支えきれず後ろに大きく一歩下がろうとした。
「アブねっ」
 気がついた悠翔が夏由の背中を支えるが、勢いを殺しきれずに夏由は大きくよろけた。

 階段から落ちた夏由だったが、どうにか頭を打たずに済んだ。
「大丈夫か」
「私は大丈夫。時城くんが支えてくれたし」
 鈴木は悠翔に向かって頷いてから、へたり込んでいる夏由を見た。
 物音に気がついて、何人かの生徒が集まってくる。
「俺も、大丈夫」
 座ったまま夏由が答えた。左手を軽く挙げてなんともないとアピールする。
「良かった。あ、そうだ、焼きそば」
 3人とも無事だとわかり、野次馬のほとんどはどこかへ立ち去っていく。
 無残にも床にばら撒かれた焼きそばを見て、鈴木が息をついてしゃがみ込む。
「雑巾か何か持ってくる?」
 声をかけてきた生徒に、夏由は首を振った。
「ありがと、大丈夫だから」
 悠翔が言うと、残っている生徒もいなくなった。
 素手で焼きそばを掴もうとする鈴木の腕を、夏由は掴んだ。
「いいよ、俺がやっとくから」
「鈴木さんは新しいの用意しなきゃでしょ」
 悠翔が鈴木を立たせた。
「でも、これ」
 夏由が、ビニール袋からチョコバナナを取り出すと、悠翔に渡した。
「ちょっと持ってて」
 空いたビニール袋を裏返して右手に被せると、散らばった焼きそばを集めた。
「遅いと教室でも心配するんじゃないか」
「あ、うん。じゃあごめん。任せるね」
「うん、気を付けて」
 鈴木を見送った悠翔が夏由の側にしゃがむ。
 夏由は最後にティッシュで床を拭いた。ゴミをビニール袋にまとめて口を縛る。
 悠翔は、片付けが終わった夏由の腕を取って自分の背中に回した。
「ほら、肩貸してやるから」
「え、」
「足、痛めたんだろ。この格好付けめ」
 夏由は、悠翔に支えられ、痛めた右足を庇いながら立ち上がった。
 嗅ぎなれないシャンプーの匂いに混じって、悠翔の汗のにおいがした。


ひとしれずこそ

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