ひとしれずこそ2章

11 文化祭1

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 9月末の土日に行われる文化祭の初日は、朝から曇っているにもかかわらず蒸し暑い。
 夏由は、文化祭用にクラスで作ったTシャツ姿で、窓際の射的コーナーで店番をしていた。駄菓子コーナーでは悠翔が小学生相手に話しが弾んでいるの。夏由はそれをぼんやりと見ていた。
 まだ早い時間帯のせいか、飲食系の出し物よりも、アトラクション系の出し物に生徒が集まっている。
「遊びに来たよー」
 桧山が後ろのドアから入ってきながら夏由に手を振った。夏由は、とっさ玩具の銃に吸盤が付いた矢のようなものをセットし始めた。悠翔のことを見ていたとバレるのが怖かった。
「おはよう」
 なんと返したら良いか分からず、夏由はもごもごと挨拶をした。桧山が吹き出す。
「ははは、時城くんてそういうところが面白いね」
 小学生が何事かと見てくるが、すぐに輪投げコーナーに興味を移したようだ。
「笑ったらかわいそうだよ」
 後ろから鈴木もやってきた。
「あ、来てくれたんだ。遊んでって」
 教室の前のドア近くの駄菓子コーナーにいた悠翔が、桧山たちに気がついて駆け寄ってくる。
「うん、どれがオススメ」
「全部」
「景品はないの」
 射撃の的は全てペットボトルだ。それを見て鈴木が聞いた。
 夏由がヨーヨー釣りのコーナーを指さした。
「ヨーヨーなら持って帰って大丈夫だけど」
 規則上、ゲームは全て無料にしなければならず、景品も禁止されているが、多少の「配布」なら目こぼしされた。
「あとは、駄菓子のおまけのアメくらいなら付けられるよ」
 夏由の説明に、悠翔が付け加えた。
 
 ひとしきり遊んでいった桧山と鈴木が出て行くと、悠翔は夏由の耳に口元を寄せた。
「時城って意外とモテるんだな」
 耳にかかる息がこそばゆく、夏由は赤くなった。とっさに意味がとれず、悠翔の言葉を理解するのに時間がかかった。
「どういう、こと」
「二人とも時城のこと気にしてるみたいだったけど」
 普段の距離に戻って悠翔が言う。
「まさか。モテるのは岡田でしょ」
 悠翔は片手を上げて、自分の担当する駄菓子コーナーへ戻っていった。

 朝の店番が終われば、夏由も悠翔も他に予定はない。なんとなく連れ立って校内を回る。
「お、チョコバナナ発見」
 悠翔が夏由の腕を引いて教室に入っていく。昼時を過ぎていたが、二人とも軽食をいくつか摘まむばかりで食事らしいものは食べていない。食の細い夏由はそれでもお腹はいっぱいになっていたが、悠翔は食べ足りないらしい。
「あ、ここって」
「いらっしゃいませ」
 夏由がクラス表示に気がつくと同時に、中からここ最近聞き馴染んだ声がした。
「やっぱり岡本先輩のクラス」
「なつくん、来てくれてありがとう」
 交際しているはずの悠翔を無視して、夏由に声をかけてくる。
「どうも」
「どう、もうあちこち見て回った」
「あ、はい。それなりには」
 悠翔は悠翔で、他の生徒に注文をして郁恵のことは気にするそぶりも見せない。だが二人の会話に聞き耳を立てているのが夏由には分かった。
「私、まだあんまり回ってなくて。どこが面白かった」
「一年生のお化け屋敷が結構こってましたよ」
「明日のお茶会は彦田がてるんだろ」
 悠翔が会話に割って入ってくる。郁恵はようやく悠翔の方を向いた。
「ええ。私は今日の午前中だったんだけど」
「俺たちも店番だったんだ」
 悠翔が言い訳じみた言い方をした。
「98番、99番の人」
 調理室にチョコバナナを受け取りに言っていた生徒が戻ってきた。悠翔がほっとした表情で品物と食券を交換した。
「ほら」
 悠翔に突き出されて、夏由は一本受け取る。満腹なところに甘い匂いを嗅いで、夏由は少し気分が悪くなった。教室内の席に着くが、食べられる気がしない。夏由は持ち運び用にパックとビニール袋をもらった。


ひとしれずこそ

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