ひとしれずこそ1章

7 浴衣を買いに

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 相変わらず暑い日が続いている。
 昨夜はなかなか寝付けなかった夏由なつゆきは、朝食もそこそこに悠翔ゆうととの待ち合わせ場所である高校の校門前に急いだ。あちこち移動する予定があるので自転車である。高校の入学祝いに買って貰った青いクロスバイクだ。
「よ」
 シティサイクルのハンドルから片手を離し、悠翔が挨拶をした。
「おはよ」
 夏由がそれに返す。凍らせておいたスポーツドリンクを、ナップザックから取り出して一口飲んだ。
「鳴澤も来るって」
「分かった。アピタスに行く前にATM寄りたいんだけど」
 夏由は、買い物をする予定である大型スーパーの近くに、郵便局のATMが無いか悠翔に訊ねた。
「アピタスの中にあったと思うけど」
「じゃあちょっと寄らせて」
「了解」
 そう言って、悠翔は腕時計に目をやった。つられて夏由も時間を確認する。待ち合わせの時間からは五分過ぎている。
「お待たせ」
 鳴澤が錆の浮いたマチャリにまたがって、少し遠くから声をかけてきた。普段はバイクに乗るが、今日は二人にあわせて自転車だ。無精ひげが生え、高校生にしてくたびれたおっさん化している。
「行こうぜ」
 悠翔が自転車のハンドルを握り直す。夏由は車道に出て先に走り始めた。

 アピタスまでは、自転車で10分もかからない。だが、それだけの時間にも汗はダラダラと流れた。
 地下駐輪場から店内に上がり、三人はほっと息をついた。
 ATMコーナーはすぐに見つかり、夏由は浴衣の代金を引き出した。バイト代が入っているはずだという鳴澤も、用事を済まる。
「買い物の前にマック寄ろう」
「おう」
 悠翔の提案に、鳴澤が頷く。夏由は案の定、軽いめまいを感じていた。

 塩のきいたポテトと、コーラで人心地ついた三人は、衣料品売り場に向かった。
 特設コーナーの、赤や黄色、水色の色鮮やかな浴衣が目につく。
「やっぱり女子の浴衣はいろいろあるな」
 悠翔が華やかな柄の浴衣に視線をやりながら言った。
「そういうのが好みなんだ」
 鳴澤が悠翔をからかった。自分はピンクの甚平を摘まんでいる。
「時城はどれがいい」
 悠翔が矛先を夏由に向けた。夏由は紺の、大人びた浴衣を示した。
「こういうのも格好良いよね」
「へえ、時城は年上好きなの」
 悠翔の言葉に、夏由はとっさに返事が出来なかった。
「それより、メンズはあっちだね」
 通路を挟んだコーナーに向かい、夏由はさっさと歩き始めた。

「俺これにしよう」
 鳴澤が、男性浴衣のコーナーに着くなり甚平を手にした。薄いグレーの地に、濃いグレーで縞が入っている。
「サイズだけ見てくるわ」
 一人で試着室に入っていく。残された夏由と悠翔は、自分に似合うものを選びかねて、ハンガーに掛かった浴衣をなんとなく眺めていた。
「お前これ似合いそうじゃん」
 悠翔が紺の浴衣を夏由の胸に当てた。Tシャツ越しに熱い悠翔の指を感じ、夏由は顔が火照るのを感じた。
「じゃなかったらこっち」
 今度はくすんだ薄緑色の浴衣を掲げる。
「こっちの方が好きかな」
「じゃあ決まり」
 ニッと笑う悠翔に押され、夏由は薄緑の浴衣を受け取った。それから、目についた生成りの浴衣を取る。
「岡田は、これかな」

ひとしれずこそ

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