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姉さんの葬儀が済み、僕は義兄さんと一緒に実家へ帰ってきた。
古い畳の埃っぽい匂い。冷蔵庫の唸る音。西日が差す茶の間の電灯は付くのが遅い。手荷物は、ひとまず茶の間の端に置いておく。
隣の和室に設えた白木の祭壇に、葬儀社の人間が遺骨の入った箱や遺影、白木の位牌を並べる。義兄さんは線香を上げ簡単に手を合わせると、さっさと茶の間に戻ってしまった。葬儀社の人間と事務的な話をしているらしい。それをなんとなく聞きながら、僕は祭壇に手を合わせた。次いで、仏壇にも線香を上げる。香炉には、燃えさしが溜まっていた。
火の始末をして茶の間に戻ると、義兄さんが黒いネクタイを緩めながら、今夜もこっちに泊まるのかと訊いてきた。
茶の間に線香の匂いが漂ってきて、僕は小さくくしゃみをした。
十二歳で寮に入った僕がこの家に帰ってくるのは、長期休暇くらいだった。子供じみた玩具や家具が残ったままの自室は、まるで他人の部屋のように感じる。だから高校を卒業したときも実家には戻らず、隣町でアパートを借りた。
「どうしようかな」
両親は既に亡い。僕がアパートに帰れば、義兄さんは一人で過ごすことになる。
こんな日に、義兄さん一人を置いていくのはあまりに寂しそうだった。それに、僕自身も一人で過ごすことが心細かった。
僕は茶の間のカーテンを開け、次いで窓を開けた。西の空はまだ明るい。夏のじっとりと重たい空気が入り込んでくる。
「今から帰るのも遅くなるだろう」
「そうだね。今日もこっちに泊まろうかな」
そう言うと、義兄さんは少しホッとしたような顔をした。
僕は私服に着替えるために、二階の自室に向かった。滅多に使わない部屋だが、まめに掃除がされているらしく、埃が積もっていたりはしない。姉さんの心遣いが感じられた。
姉さんの訃報を知らされた数日前から連泊しているため、多少乱雑にはなっている。
僕と姉さんは七つ離れていて、その姉さんより義兄さんは五つ年上だ。両親が亡くなったとき僕はまだ小学生だった。頼れる親戚もいない。それで、姉さんは高校を卒業してすぐ働きに出て、同時に結婚も決めた。そのときの姉さんの年齢を、僕は追い越してしまった。高校の先生になりたてだった義兄さんは、僕の面倒もよく見てくれたけれど、僕は二人の邪魔をしてしまうことが姉さんに対して申し訳なかった。だから僕は、両親の残してくれたお金をほとんど独り占めして、遠方の私学に進み寮生活を始めた。
カットソーとデニムに着替えて部屋を出ると、向かいの主寝室の戸が開いたままだった。元々は両親が、つい先日までは姉夫婦が使っていた部屋だ。義兄さんが、さすがに疲れた様子でベッドの端に腰掛けている。
「義兄さん、夕飯は店屋物でも頼もうか」
「そうだな」
気乗りしなさそうに義兄さんが答える。昼食が遅かったせいか、それとも疲れのせいか、食欲がないらしい。
「まずは着替えたら」
僕が促すと、義兄さんはのろのろと上着を脱いだ。僕はそれを受け取ってハンガーに掛ける。ぷんと線香の匂いに混じって、義兄さんの汗の匂いがした。スラックスも一緒に、ハンガーラックに吊るしておく。下着だけ身につけた義兄さんは、ベッドの上に置かれたままの着替えを取るために、上体を屈めて腕を伸ばした。白い肌着の裾から、薄らと筋肉の付いた脇腹が見える。知らず知らずのうちに、僕は生唾を飲み込んでいた。
「
「うん、少しね」
僕は少し休む振りでベッドに座った。義兄さんの親戚を前に緊張のし通しだったから、疲れていたことは確かだ。だけど、喪主を務めた義兄さんほどではないと思う。
ただなんとなく、義兄さんを放ってはおけない気がして、側に付いていたいと思った。
それとも、僕自身が誰かの側にいたかったのかもしれない。
「蕎麦でも頼もうか」
「バス通りの所なら、もう出前はやってないよ」
「そうなの」
家を離れて何年も経つ僕よりも、今では余所から来た義兄さんの方が近所のことに詳しい。義兄さんはボトムに脚を通しながら言った。細身のデニムがよく似合う。
「ご主人も高齢だし、今は半分潰れたみたいなもんさ。昔馴染みだけをお客にして」
「じゃあ、何か作ろうか。冷蔵庫見てくるよ」
そう言ったものの、僕は義兄さんの側を離れがたく思って、そのまま座っていた。
「一休みしてからで構わないだろう」
Tシャツも着てしまうと、義兄さんはベッドに膝をついた。休むのなら、僕は邪魔にならないように立ち上がろうとした。義兄さんが僕の腕を掴んでそれを阻む。
どちらがそれを望んでいたのかは分からない。義兄さんは僕を抱きかかえるようにして、僕は義兄さんにしがみ付くようにして、セミダブルのベッドに横向きに寝転がった。
啄むような口付け。互いに額に、頬に、首筋に、喉に、唇を触れさせる。先に吐息を漏らしたのが、僕だったのか義兄さんだったのかは、はっきりしない。互いの唇を触れさせながら、僕は下着がじっとりと濡れるのを感じた。多分、義兄さんもそうだった。
布越しの温もりでは足らず、僕は義兄さんのTシャツを肌着ごと捲り上げた。じかに触れた肌は、汗で少し冷たい。そのまま僕は義兄さんの身体を転がし馬乗りになる。胸の上までたくし上げたTシャツを脱がせてしまって、鎖骨の下に吸い付く。少ししょっぱい汗の味がした。尖った部分に舌を押し当てる。義兄さんは、もうはっきりと分かるくらいに呼吸が速くなっている。鼓動の速さが伝わってくる。脇腹を両手で掴んだ。顔を埋めるようにして義兄さんの肌を味わう。唇を、少しずつ下方へずらしていくと、義兄さんは僕の頭を少し乱暴に撫でた。それから耳の縁を指先でなぞる。
「
義兄さんが、姉さんの名前を呼び捨てにする。それに苛立って、僕は軽く歯を立てた。義兄さんが小さく悲鳴を上げる。構わず僕は、義兄さんのデニムのボタンを外した。顔を上げて、ゆっくりとチャックを下ろして前を広げる。グレーのボクサーパンツには染みが出来ていた。下着越しに形をなぞる。
「弥一」
義兄さんが耐えかねたように僕の名前を呼ぶ。少し上体を起こして僕の身体を引き上げると、そのまま立場を入れ替えた。僕のデニムの上から手のひらを押し当てる。もぞもぞと動かされると、頭の芯がぼうっとなる。
「あ」
そのまま身を委ねようとしたが、義兄さんは手を離してしまった。僕のカットソーを剥ぎ取る。腹を撫で上げられ、僕はふふっと息を漏らした。その唇を塞がれる。
ぬるりと侵入してくる舌。上顎を舐められ、全身が震えた。気がつけば、義兄さんに舌を絡め取られている。
義兄さんの動きに合わせて発生する水音が、耳を刺激する。零れた唾液が頬を伝う。僕が夢中で義兄さんの舌を追いかけたら、甘噛みされた。
大人は、こんな風にキスをするのだと知らされた。
義兄さんは深いキスを終えると、僕のデニムと下着を取り払って身体に触れた。少し荒れた手はざらざらとしている。鋭敏な器官は、些細な感触も大袈裟に伝える。
「ん。あ」
僕はたまらずに声を上げていた。義兄さんの的確な指使いによって、僕は高められていく。どうしたらよいか分からなくなって、僕は義兄さんの肩に手を置いて引き寄せた。義兄さんは軽いキスをしてくれたて、僕はそれでなんだか安心してしまった。
義兄さんのすぼめた手の中が上下に動く。濡れて滑りがよくなったせいか、動きが速くなる。
「あ、あ、」
あと少しというところで触れ方が穏やかになった。恨めしく思って義兄さんを見ると、義兄さんは急に手の力を強くした。
「あっ」
叫び声とともに、僕は吐精した。肩で息をする僕の耳を、義兄さんが撫でる。それさえも、今の僕には強すぎる刺激だ。愛おしそうな目は、僕を通して姉さんを見ているせいかもしれないと思った。僕はその視線から逃れたかったけど、今は身じろぎするのも億劫だった。
僕は呼吸が整うと上体を起こして、義兄さんと入れ替わった。ぴったりとしたデニムを脱がすのに、少し手こずった。
義兄さんの広げたげた両足の間に膝をついて手を伸ばす。直に触れた艶やかに濡れた部分を、僕なりのやり方で扱う。滑りを全体に塗りつけるように広げていく。手をゆるゆると動かすと硬度を増すのが感じられた。先端を軽くひっかくと、義兄さんの身体が小さく跳ねた。
「ああっ」
先の方を中心に扱くと、義兄さんの腰が揺れた。ちらと義兄さんの顔を見る。腕で隠した目元が赤くなっているようだった。抑えた声が艶めかしい。半開きになった唇に見とれてしまって僕の手が疎かになると、義兄さんは僕の手に押しつけてきた。僕は慌てて再開する。義兄さんの真似をして、手のひらで包み込んで、素早く動かす。義兄さんの息が弾む。力を少し込めてみた。加減が分からない。義兄さんがもどかしそうに腰を動かす。僕はもう少し強くしてみた。やがて義兄さんは、僕の手の中で達した。
シーツのまだ綺麗な部分で手を拭いて、義兄さんの目元を覆っていた腕をどけた。義兄さんの瞳が潤んで、まるで泣いているみたいに見えた。唇を合わせる。義兄さんの荒い息が僕にかかる。
キスと触れ合い以上はどちらも求めなかった。姉さんを、連れ合いを亡くし、その寂しさを埋めるための行為に、それ以上は必要がなかった。
ただ、側にある温もりを確かめたかった。少なくとも、僕はそうだったし、義兄さんだってそう思っているに違いないと思った。
ぎゅっと抱き合って、キスをして、相手に触れる。ひとしきり相手の存在を確かめ合った。
順番にシャワーを浴びて、洗濯済の服に着替えた。西の空はもうすっかり暗くなっている。汚れ物を放り込んだ古い洗濯機が、がこんと音を立てた。
台所を探すと、姉さんが買い置いておいた蕎麦が見つかった。茹でて水で締め、皿に盛る。めん汁がなかったけれど、義兄さんがあり合わせの顆粒だしと醤油で作ってくれた。みりんを使わず砂糖で代用したそれは、姉さんの味によく似ていた。
「美弥がね」
義兄さんが言った。姉さんの話は聞きたくなかったけど、僕は兄さんの話を遮らなかった。今日みたいな日は、故人の話をする日だっていうことくらい、僕にも分かる。
「弥一はみりんで作っためん汁はあんまり食べないって言っていた」
「小さい頃の話だよ」
「うん。聞いたのは結婚したばかりの頃だった」
子どもの頃の僕は、みりんの風味が苦手だった。おかげで煮物も苦手になった。寮生活では好き嫌いをいう訳にはいかず、今は平気になったけど。
「よく覚えているね。九年くらい経つでしょう」
「弥一のことだったから」
あまりにもさらりと言われたので、僕は危うく聞き流すところだった。義兄さんは何でもない顔をして蕎麦を啜っている。だから僕は、その言葉の意味を聞き返せなくなってしまった。
「この家、どうするの」
だから、違うことを義兄さんに尋ねた。
「一人で使うには、少し広いかな」
「引っ越すの」
「弥一が戻ってくるという方法もある」
大学へは、隣町のアパートからも実家からもそれほど変わらない。それに、これからは姉さんに気兼ねなく、義兄さんを独り占めできるのだ。
「どうしようかな」
僕は迷う振りをして蕎麦を箸でたぐった。