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冗談じゃなくていい

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 小日向こひなたから好意を向けられていることには、もうずいぶん前から気が付いていた。
「先輩、ツインルームが一つしか空いてないそうですけど、どうします」
 出張の準備を任せていた小日向に声をかけられ、狭山さやま斜向はすむかいの席を見た。小日向は受話器を持ったまま狭山を見ている。
「とりあえず仮予約して、他も探してみようか」
 小日向に伝えると、狭山は書きかけの書類を保存して、ブラウザを立ち上げた。出張先のホテルを検索する。少し離れたところまで、その日は満室ばかりだ。小日向は電話であちこち問い合わせているが、困ったように狭山に視線を向けた。

 ホテルの部屋に入ってから、小日向は口数が少なかった。結局他のホテルも予約が取れず、二人は同室となった。
 狭山は仕事の成功をねぎらおうとバーに誘った。
「今日は、遠慮しておきます」
「疲れたかな」
「いえ、ただ今日は飲んだらまずそうなので。よかったら先輩だけでも行ってきてください」
 そう言われても、狭山は飲みに行く気分がすっかり削がれてしまった。
 風呂は狭山が先に使った。入れ替わりで小日向が入浴している間に、狭山は廊下の自動販売機で缶ビールとミネラルウォーターを買ってきた。
「お疲れさん」
 風呂から上がった小日向に、缶を差し出す。今度は小日向も断らなかった。
「先輩。もう気がついてますよね、俺が先輩をどう思っているのか」
 小日向が立ったまま缶を開け、ベッドに腰掛けている狭山を見下ろした。少し火照った肌。濡れたままの髪。シャンプーの匂い。意外と筋肉質なのだと、狭山は思った。小日向の気迫に呑まれて、狭山は我知らず生唾を飲み込んだ。
「ああ、多分」
「それにさっき、今日は飲んだらまずいって言いましたよね」
 小日向がビールを呷った。狭山はまだ開けていない缶を、サイドテーブルに置いた。
 小日向が、狭山に一歩近づく。狭山は視線をそらせた。
「すみません。冗談です」
 急に背中を向ける小日向の腕を、狭山はとっさに掴んだ。

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