雨が止む頃

雨が止む頃 8

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 同級生の三上から「子ども」だと指摘され、弘哉は反論できなかった。上の空で夕方の授業を終え、暗澹たる気分で大学を出た。風が出てきて、傘を差しても濡れてしまう。
 弘哉が家に着く頃には、清也は仕事へ出かけている。昨日の気まずさを考えると、明日の朝までは顔を合わせなくて済むことだけはありがたかった。

 帰宅した弘哉は、玄関に用意されていたタオルで足元を拭いて廊下に上がった。清也のささやかな気遣いが、かえって弘哉の気分を重くした。弘哉が何かを返そうとしても、清也は受け取ろうとしない。与えられる一方であることには未だ慣れない。
 清也はディスカウントショップの仕事へ行っている。夜中に帰ってくる頃にも、雨はまだ降り続いているだろう。
 部屋で濡れた服を着替えると、台所へ向かった。味噌汁と煮物を温め直し、ご飯をよそう。ポットのお湯が少なくなっていることに気がついて、やかんを火にかけた。
「頂きます」
 一人の食卓で手を合わせて箸を取る。相変わらず煮物は薄味だ。醤油が多い弘哉の実家の味とは違って物足りない。
 食後、流しに食器を運んだ弘哉は、そこで手を止めた。
 弘哉からいつも、洗い物をしなくて構わないと言われている。昨日もそれで言い争いをしたばかりだ。それならば、このまま放置してしまおうかと考える。
「……それじゃあ当てつけみたいじゃん」
 呟いて、スポンジを手に取った。

 片付けの後、シャワーだけで入浴を済ませて、普段ならまだ起きている時間だが、今夜は早めに休むことにした。久し振りの登校で、思いのほか疲れていた。布団を敷こうと四畳半に入ったところで、脱ぎっぱなしの服が目につく。帰宅時に雨に濡れたまま乾いていない。拾い上げて、脱衣所の洗濯カゴまで運ぶ。この家に来てから、洗濯も全て任せきりだ。
 部屋に戻ろうとした弘哉は、作り付けの棚の前で立ち止まった。しばらく迷った末、タオルを一枚取りだす。

 清也が仕事を終える頃も、まだ雨は降り続いていた。風は弱まったが、それでも足元が少し濡れた。椎名との会話で妙に疲れた気分になった清也は、濡れた足で歩いた廊下を拭くのが面倒だと思いながら玄関を開けた。靴を脱ぐときに、靴箱に片手をつく。そこに用意されたタオルが目にとまった。
 弘哉が使わなかったのかとも考えたが、清也が弘哉のために用意したタオルとはたたみ方が違った。弘哉の心遣いにほっと息をつく。その気持ちを、清也は今まで無下にしてきたのだと今なら分かる。
 自分の部屋に荷物を置いてから、弘哉の部屋の前の廊下に出た。部屋の明かりが付いていることもあるが、今日は暗く、すでに眠っているようだった。
 温かいお茶を一杯飲んでから休もうと台所に入る。清也がするのと同じように片付けられていた。今までなら家事をさせて申し訳ないような気分になっていたが、今日はありがたい気持ちがわいてきた。魔法瓶のポットに用意されたお湯を使ってティーパックのほうじ茶を淹れる。ずっと忘れていた、誰かに大切にされる実感に少しのあいだ浸った。
 

『雨が止む頃』

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