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「今どきの大学生ってぇのは何処で遊ぶんだ」望が食べ終わる頃合いに、誠人が訊ねてきた。
「カラオケとかゲーセンとか。あとはメシ食ったり家飲みしたり」
「ダーツとかビリヤードとかは」
望は少し考えてから答える。
「やる人はやるかもだけど、オレはやったことない」
「そうか。じゃあやってみるか。近くいいとこがあるんだ」
そう言って誠人が立ち上がった。望は慌てて財布を出そうとトートバッグをまさぐる。誠人が片手をかざしてそれを制した。
「奢るって言っただろ」
「……ごちそうさまです」
望が礼を言うと、誠人はニッと笑った。
会計を済ませた誠人が店を出るのについて行く。一度大通りに出て、すぐに別の路地に入る。何度か曲がった先にあった雑居ビルは、手入れもろくにされていない様子だ。誰かの紹介でもない限り、望が入ってみようと思う建物ではない。エレベーターも狭く、大人が四人も乗れば窮屈に感じるだろう。
エレベーターを降りると、目の前にドアがあった。
「ここは」
「ダーツバー」
望の質問に誠人が答えた。誠人が扉を押し開ける。カウンター席とテーブルが二つあるだけの店だが、奥は意外と広いようだ。
「フジ、帰ってたのか」
カウンターの向こうからマスターが誠人に声をかけた。
「おう、先週な。フリータイムいいか」
誠人の注文にマスターが頷く。
「そっちは新しい相手か」
「甥っ子みたいなもんだ」
会話をしつつカウンター席に座る誠人の隣に、望も腰掛けた。
「ブルームーンと、お前さんは何がいい」
「カシスソーダ」
酒に詳しくない望は、聞き覚えのあるカクテルの名前を言った。誠人が口元で小さく笑う。
「『新しい相手』って」
マスターが少し離れて後ろを向いたのを見計らい望が訊いた。
「まあ、気にすんな」
誠人の口調こそ軽いものだが、その表情は触れられたくないと言っているように望には見える。
気まずい沈黙を払うように、マスターが誠人の前にグラスを置いた。甘い香りが漂う。望はグラスに口を付けた。炭酸がはじける爽やかさについついペースが速くなる。
誠人にもカクテルが提供された。青いカクテルの入った小さなカクテルグラスを、誠人が優しい手つきで持ち上げる。
その仕草に、望は思わずドキッとした。
「ヤスも一杯付き合わないか」
「仕事中だから」
誠人の誘いを、マスターがやんわりと断った。
「残念だ」
やはり軽い調子で言いながら、誠人の目は悲しげに見えた。
「ワンゲーム、どうだ」
しばらく黙っていた誠人が、思いがけず明るい声を出した。誠人は親指で的を示してから、紙飛行機を投げるような仕草をした。
「やったことないけど」
そう言いながら望はスツールから降りる。
「教えてやる」
マスターからダーツを借りた誠人が、望の肩を抱くようにしてダーツ台の前に案内した。ふわりと香る煙草の匂い。望は軽い酔いと相まって足元がふわふわとするように感じた。
「ここに立って」
耳元で話す誠人の声に、望が頷く。
「右足をこのラインに。もう少し開くといい」
誠人がつま先で望の足の間に入れ、つついて動かした。
「前足に体重をかけて。そう、後ろはつま先立ちで」
誠人に促されるまま、望は身体を傾けた。
「手ぇ出せ。人差し指を伸ばして」
望が出した手に誠人がダーツを乗せた。言われるままにダーツを指で挟む。
「投げてみろ」
誠人が投げる動作をするのを、望は真似をした。山なりに飛んだダーツはボードの外側にある大きな枠に刺さった。
「なかなか上手いじゃないか」
「そうかな」
誠人に褒められ、望は少しはにかんだ。
「もう一本投げて見ろ」
渡されたダーツを、先ほど教わったように持ち、投げてみる。今度は内側にある枠に刺さった。
「なかなか上手いじゃないか」
「そうかな」
誠人に褒められて望がはにかんだ。
「じゃあ勝負しよう。カウントアップでいいか」
「カウントアップって」
「単純に、ボードにあたったところの得点を足していくゲームだ。わかりやすくていいだろう」
ルールを教わり先攻を譲られた望は、もう一度投げる。一番得点が高そうだと思い、ど真ん中を狙ったが、少し上にそれて、20点の小さな枠に刺さった。
「あーあ」
望は残念がったが、ボードの上の得点板には「60」と表示されている。誠人が短く口笛を吹いた。
「へぇ、トリプルか。ビギナーズラックかな」
二投目、三投目はあまり得点できず、望はこのラウンドを79点で終えた。誠人と場所を変わる。
誠人はラインと並行になるように左足を出す。親指と人差し指でダーツを摘まみ構えると、真剣な表情でボードを見据えた。一度ダーツを引き寄せる。投げたあとの腕は綺麗に前方へと伸びた。その動きの一つ一つに望は目を奪われた。
「腕が鈍ったかな」
誠人の一投目は中心の近くであったが19点。二投目も少しそれて20点。
誠人が呼吸を整え、三投目の動作に入る。
すっと誠人の指から離れたダーツは、二重の円の内側に入った。
「50点」
誠人がほっとしたように呟く。望は知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出した。
「ナイスダーツ」
マスターのかけ声に、誠人は背中を向けたまま左手を軽く挙げて答えた。その気安いやりとりに、望は不思議と不愉快な気分になった。
お互いに8ラウンド投げ、望はおよそ400点、誠人は800点近い得点になった。
「お前さん、なかなか筋がいいな」
「そう?」
誠人に褒められ、望は機嫌を直した。
「初めてなら300点取れれば上出来だろうからな」
スツールに戻った望の頭を、誠人がポンと叩いた。子ども扱いされたような不快感と同時に、むず痒いような気分になる。
「もう一杯どうだ」
「じゃあ、さっきオジサンが飲んでたやつ」
「ガキにはキツいしれないぜ」
揶揄うような誠人の苦闘に、望は唇を尖らせてムッとした表情を作って見せた。
「俺は……」
「フォーリンエンジェルか」
「そうだな」
マスターの言葉に誠人が頷く。
望は、マスターがカクテルを作る手元を見る誠人の横顔を盗み見た。悲しげな表情に望は何も言えなくなる。
カクテルが出されてからも、二人は黙っていた。
慣れな強い酒に、望は現実感を失いそうになる。誠人がグラスを口に運ぶ姿に、望は小さな胸の痛みを感じた。