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誠人から貰った名刺には、名前とメッセージアプリへリンクしたQRコードだけが印刷されていた。友達登録をしてメッセージを送るとすぐに返信が来て、いつの間にか今日の約束がなされていた。大学からそう遠くない繁華街。駅前で望は辺りを見回した。
「おう、こっちだ」
複数の飲食店が入るビルの壁に凭れていた誠人が、望に気がついて片手をあげた。それから咥えていた煙草を携帯灰皿に片付ける。
「よぅ、久し振り……でもねえな」
駆け寄った望に裕子の結婚式から一週間も経っていない。
「そうだね」
「じゃあ行くか」
「どこに」
「ん? メシ。何食いたいんだ」
誠人が訊いてくる。
「安くて旨いところ。あんまり金ないし」
望が答えると、誠人はオーバーなアクションで肩をすくめた。
「おいおい、せっかくオジサンとメシなんだ。上手いこと言って高いものを奢らせて見ろよ」
「どうやって」
「それを工夫するのがアソビの醍醐味だろうが」
ハハと笑って誠人が歩き出した。望は慌てて付いていく。
「ま、いいか。とりあえず肉でも食いに行くか」
「奢りで?」
望はわざとらしく甘えた声を出してみた。
「ハッハッハ、男がやっても可愛くねぇな。まあ奢ってやるから安心しな」
誠人はおかしそうに笑いながら細い路地へと入っていった。
望が連れてこられたのは、目立たない外観の店だった。落ち着いた風情の鉄板焼きの店である。店高級そうな雰囲気に望は緊張した。誠人が店員と何か話している。
カウンター席に案内された望が戸惑っているうちに、誠人が慣れた様子で注文した。
「ここはオーナーが肉の卸をやっててな。いい肉を手頃な値段で食わせてくれるんだ」
「へえ」
「遊ぶんならこういう店の一つくらい知っておけよ」
誠人が軽口を叩く。おかげで望は肩に入っていた力が抜けた。
「デートに使えるだろ?」
望が渡されたメニュー表を改めて見る。肉料理が中心だが、エビや貝も用意されている。金額が書かれておらず、こういった点も誠人がデート向けといった理由なのだろうと望は考えた。
「値段を知らないと誰か連れて来るのが怖いな」
「そういうときはダチ同士で下見に来ればいい」
「友達だって誘いにくいよ。いつもチェーンの居酒屋かファミレスだし」
望が答える。
「ほら、来たぜ」
スタッフが目の前で肉を焼いてくれる。シンプルなステーキだ。良い匂いに望は食欲をそそられた。焼き上がり、スタッフが望の皿にも切り分けたステーキを載せる。
望が一切れ食べた。肉汁が口の中に広がる。
「美味しい」
黒胡椒の香りが深い味わいを与えている。
望が食べている間に誠人にも取り分けられた。こちらは大根おろしとポン酢がかけられている。
「な、旨いだろ」
誠人が自慢げに言う。
「うん」
付け合わせのほうれん草のバター炒めも風味が良く食が進む。
「もっと食うか」
「じゃあ、エビ」
望がねだると、誠人は店員に向かって目配せをした。そんなところも大人の仕草なのだろうと望は思った。望や友人なら手を上げて店員に声をかけるところだ。
「エビを」
誠人がスタッフに注文を伝える。望に対する態度と異なり丁寧な物腰だ。
「オジサンは」
「俺はもう十分だ」
腹をさすってみせる動作がオヤジ臭く、望は笑った。