Views: 2
大型連休が終わると、大学内の学生の数が少なくなる。空席が目立つようになった教室の前の方に座った望は、教科書とノートを開いたままぼんやりと授業を聞き流していた。望が二股をかけた末に両方から振られた、という噂は、知人や学部内で広まっているらしい。そのせいか、望に話し掛けてくる人は随分と減ってしまった。特に女性はあからさまに望のことを避けている。
「そういうのは上手くやればオレらの英雄だったのにな」
変わらない態度で接するのは、一年生の時、基礎演習のクラスで親しくなった髙野健太だ。小声で望に話し掛ける健太は、教科書すら出していない。この学部生は必修の授業だが、出席さえしていれば寝てても単位が取れると言われている。
「みんな大袈裟に言ってるだけだよ」
望も声をひそめて返事をする。
「だろうね。橋本がそんな性格じゃ無いし、二股かけるほど器用じゃないだろ」
「その言われようもムカつくけどね」
望が不満げに言うと、健太は喉の奥で笑った。
「ま、大学デビュー大失敗黒歴史製造おめでとうってカンジ?」
「三年にもなって大学デビューもないって」
助教授が咳払いをした。少しうるさくしすぎたようだ。望は今更と思いつつ板書を写す。
「やっぱりお前は真面目だよな」
そんな様子を見て健太が言った。
授業が終わり、望は健太と連れ立って教室を出た。学内のカフェに向かう。
「でもさぁ、お前もよくやるよな」
「なにが」
健太の言葉に、望が質問で返した。
「後輩二人にちょっかいかけるなんて似合わないマネ」
「だってそろそろ恋人とか欲しいし」
「あぁ、お前彼女いない歴イコール年齢なんだっけ」
健太の言葉に望はムッとする。健太はごめんごめんと手刀を切る仕草をした。
「まあ、焦るなって。そういうのはタイミングとかあるだろうし」
「彼女持ちは余裕だね」
皮肉の混じった望の言い方にも、健太は動じない。
「でも就活と卒論で忙しくなる前に済ませたいし」
足を止め、少しトーンを落とした望の言葉に、健太が振り返った。
「童貞捨てるだけなら風俗でいいじゃん。本番出来る店教えるよ」
何でもないことのように健太が言う。
「まあ、最悪それでも……。でもなぁ」
「ハジメテはちゃんと付き合ってからしたいのか」
望は小さく頷いた。
「真面目だな」
「そうかなぁ」
「それなら二人同時にちょっかいかけるのはやっぱり良くないって」
健太が真剣な表情になって相談に乗る体勢になる。望を促してカフェに入った。
「コーヒーでいいか」
健太は望に席を確保するように頼むと、自分は注文カウンターに行った。
しばらくして、紙コップを二つ持って戻ってきた。望は小銭を渡そうとした。
「奢るって」
「ありがとう」
ホットコーヒーを口にして、望は落ち込みかけていた気分が少し回復したような気がした。
「本命一人に絞って真面目に付き合えばイケたんじゃないの。あちこち声かけたって、寄ってくるのはワンナイト狙いの相手だけだろうし」
「うん」
「焦んなって。橋本は変に格好付けないで普通にしてる方がいいと思うよ」
「そうかなぁ。ちょっと仲良くなっても、いつも友達程度で終わるんだけど」
望が気弱なことを言う。
「そもそも橋本はどんな子が好きなの」
健太に訊かれて、望は困ってしまった。
今まで、女性の好みなど考えたことがなかったと気がついたのである。
「例えば、沢野とかはどうなんだ」
「カッコイイ系の人だと思うけど」
人として好ましくはあっても、恋愛的な好きや嫌いの感情は湧いてこない。
健太が不思議そうな表情をした。
「そもそもさぁ、今まで女の子を本気で好きになったこと、あった?」
望は少し考えて、ゆっくりと首を振った。恋人が欲しい、という気持ちはあっても、特定の相手と恋人になりたい、という思いを抱いたことはない。
「まあ、あんまり考え込むなよ。それよりメシでも食いに行かないか」
考え込んでしまった望の気分を変えさせるためか、健太が提案した。ボディバッグを肩に掛けて、既に出かける気になっている。
「あー、悪いけどパス。親戚のところに顔出す約束してるんだ」
「そういえばイトコの結婚式があるとか言ってたよな」
それの関係かと納得した健太に、望はあえて否定はしなかった。