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プロローグ

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 パーン。と気持ちよく音が響いた。繁華街の路地裏。橋本望は打たれた頬に左手をあてた。四月の末、春とは言え夜はまだ肌寒いと望は関係ないことを考えた。
「美咲にも葵にも手を出すなんて信じらんない」
 大学で同じゼミに所属している沢野遙那が言うのを、望は呆然とした面持ちで聞いていた。遙那の後ろには、この街の夜には馴染まない大人しい服装をした女子が二人立っている。
「手を出すも何も、ちょっとメシ食いに行っただけだろ」
 不貞腐れたように望が言う。
「何したわけでもないし。こっちは付き合うとかそういうつもりはないって」
「それでもこの子達は付き合ってるて思ってたんだよ」
「勘違いしたのはそっち」
 だろ、と言い終わらないうちに、今度は右頬に衝撃を感じた。不意の平手打ちに望がよろける。尻餅をついた拍子に、肩に掛けていたフェイクレザーのトートバッグが落ち、荷物が地面に散らばった。通りかかった酔っ払いが、何事かと振り返る。なんだ痴話げんかか、と言って近づいてくるのを、遙那が睨んで牽制した。
「勘違いさせるようなこと言ったんでしょう。『お前だけだ』とか『次はどこ行く?』とか」
 遙那が仁王立ちで望を見下ろす。
 大きなフリルが目立つブラウスにふんわりと広がるスカート、低めだがハイヒールを履いた脚。大学で会うときのラフな服装とは違った姿に、望はこんな状況にもかかわらず一瞬見とれた。
「先輩、もういいですから」
 美咲が困惑したような声で言う。葵はスッキリした表情で頷いた。
「こんなどうしようもない男性に引っ掛かった私が悪いんですし、遙那先輩がこれ以上殴る必要は無いですよ」
 葵に言われ、遙那はまだ不満が残った表情ながらも肩の力を抜き、望から一歩後ずさった。
「とにかく、今後はもうこの二人には関わらないで」
「ああ、勝手に彼女面するようなオンナはこっちこそ願い下げだね」
 望の虚勢に、遙那はそれ以上は何も言わずに美咲と葵を連れて立ち去った。

 三人がいなくなると、望は立ち上がる気力を失って背後の壁に寄りかかった。煙草でも吸って気分を落ち着けようとトートバッグを引き寄せる。アルバイト代を貯めて買ったばかりのバッグだが、アスファルトに擦れて傷が付いてしまった。
「あ」
 煙草はあったが、ライターが見当たらない。
「あーあ、お前さん、見事にやられたな」
 どこにいたのか、見知らぬ男性が望に近づいてきた。肩に掛かる髪と無精ひげに咥え煙草で年齢不詳だが、四十路は過ぎているようだ。同世代の平均的な身長の望よりも少し背が高く体格もいい。野暮ったい服装だが、靴は丁寧に磨かれている。
「見てたのかよ」
「まあ、あれだけ派手に騒いでればな」
 男はしゃがみ込んで、散らばったテキストやノートを拾うと、手の側面で軽く汚れを払って望に渡した。望は無言で受け取るとバッグに乱暴に放り込む。男が、ついでのように懐から取り出したオイルライターを望に差し出す。望はそれを受け取ると、慣れない手つきでキャップを開けてホイールを親指で回した。
「あれ」
 何度か試してみるが火がつかない。
「貸してみろ」
 手を出されて、望はオイルラーターを男に返した。男も何度か着火しようとしたが、やはりつかない。
「さっきも付きが悪かったし、オイル切れかな」
 男の言葉に、望は煙草を諦めようとした。不意に男が望の後頭部を押さえる。
 男は、灰を落とした煙草の先端を、望が咥えている煙草にあてた。煙草を持つ左手の手首には、革のベルトの時計。望が吸い込むのに合わせて男も吸い燃焼させる。
「どうも」
 男が離れると、望は素っ気ない態度で礼を言った。男は立ち上がると、望の隣に立って壁に凭れた。
「それにしても、二股かぁ。若いなぁ」
 男が面白そうに言った。
 成り行き上、並んで煙草を吸うのはいいが、初対面の相手に揶揄われるいわれはない。望は男の言葉を無視した。
「おいおい、こういうときに洒落た会話が出来ないようじゃぁモテないぜ」
「オジサン、人にあれこれ言うほどモテるんだ」
「ああ、金と好きなヤツ以外にはな」
 望が見上げると、男は口の端を持ち上げてニッと笑った。
「で、お前さん、本命はどっちなんだ」
「別に、ただちょっと遊んだだけ。どっちでもない」
「じゃあ、あの気の強いオンナか」
「違うよ」
 半分ほど吸った煙草を地面に押しつけながら答える。そのまま捨てようとしたら、男が携帯灰皿を差し出してきた。灰は地面に捨てる癖にと思いながら、望は携帯灰皿に吸い殻を入れた。
「オジサン、夜は大抵この辺りで遊んでるから、アソビのコツを知りたきゃ声かけな」
 じゃあなと背中を向けて右手を挙げる姿が、何故か印象的だった。

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