ひとしれずこそ2章

5 宿題の答え

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「へえ、どの辺りだろ」
 悠翔が駅名を言った。下町のイメージがある地域である。
 夏由も悠翔の住んでいる地域を詳しく聞いたことがなかった。兄弟はいないらしいが、どんな家に住んでいるのかも知らないことに今更気がつく。
「え、じゃあ神社ってあそこかな」
 梅田が神社の名前を言うと、悠翔が頷く。
「そうそう、そこ」
「へえ、私、小学生の時までその辺りに住んでたよ。小学校どこだった」
「ほらほら、二人で盛り上がるのもいいけど、飾り付けも考えなきゃ。ねぇ、時城くん」
 須藤が二人の話を止めて、夏由は息がつけたような気がした。
「そうだね。早いとこ決めなきゃ行けないし」
 悠翔が夏由をじっと見たことに、須藤の方を向いて話していた夏由は気がつかなかった。


「お前もいちいち面倒なヤツだな」
 その夜夏由は、歳の近い叔父である石上肇の家に泊まりに来ていた。この家に泊まることを夏由の母親は快く思っていないが、パソコンを借りたいと理由を作れば渋々了承した。夏由は自分のパソコンを持っていない。
「友達が自分以外の友達と遊びに行ったくらいでウダウダしてるなよ」
「悠翔だけじゃない」
 夏由がぽつりと言う。台所で麦茶を注いでいた肇が、コップを持って来た。夕方に沸かしたばかりらしく、まだほんのりと温かい。夏由は半分だけ飲んで、テーブルにコップを置いた。
 肇は夕飯の支度に台所へ戻る。冷蔵庫を開け閉めする音。何かを電子レンジにかけている間に、流しの下から鍋を出して、水を汲む。
「最近、クラスの皆がよそよそしい気がする」
「考えすぎじゃないのか。話し合いのメールだって、全員から返事が来たんだろ」
 温め終わった何かを、包丁で切る音。多分カボチャだと、夏由は漂ってくる匂いで判断した。ブラウザを立ち上げただけのパソコンを、夏由はテーブルのわきに押しやった。
「そうだけど」
 ガスコンロは調子が悪いらしく、三度つまみを捻ってようやく火がついたようだ。
「でもそれ以外に喋ったりとか、あんまりしなくなったし」
「じゃあ、クラスの奴らも、お前のそういうところがウザくなったんじゃないのか」
「そういうところって」
「だから、そうやってウダウダ悩むところだよ」
 肇の指摘に、夏由は頬を膨らませた。
「お前な、もう高校生も半分終わったんだろ。受験だって考えなきゃいけないんだ。他人の事なんて構ってられっか」
「でもまだ二年生だ」
「すぐ三年になる。夏休みの宿題だって、進路を考えろってのが出てただろ」
 味付けを終えたらしい肇が台所から戻ってくる。額と首筋に汗をかいていた。
「オープンキャンパスに行ってレポートを書けっていう宿題だったけど」
「それをそのまま受け取るバカはお前くらいだろ」
「……悠翔も、分かってないのは俺くらいだって言ってたけど、どういう意味」
「呆れたな」
 肇が大げさにため息をついた。夏由は身の置き所のなさを感じて俯く。
「普通、オープンキャンパスは志望校がどんな大学かを見に行くものだろ。だから、行きたい大学をちゃんと考えて、進学に向けた準備を始めろって言うのがあの宿題の意味だろが」
 肇が、夏由が飲み残した麦茶を飲み干す。
「お前、ちょっと鍋見てろよ。竹串が通ったら火を止めて良い」
 肇がぱパソコンの位置を戻して、ブラウザを閉じた。代わりにワードを立ち上げる。
「レポート、後ちょっとなんだよ。俺は書き終わってから飯にするから、腹減ってるなら先に食べてて良い」
 話は終わりだと、肇の態度が示していた。


ひとしれずこそ

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