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このシリーズは、成人向けの表現を含みます。
子供の頃から、自分がどう見られているかを気にする癖があった。
性的な関心、同類、値踏み、不真面目、奇異。
アルバイトをしている店雰囲気と、目元を覆う長い前髪とピアスが沢山付いた耳という理由から、神山に向けられる視線はこのようなものがほとんどだ。
だが、その視線は違った。
だから、その人からの視線に興味を持った。
バス通りにこそ面しているものの、都心にも近い地域にしては電車の便は悪い。神山がここ最近通い詰めている古本屋は、二つある最寄り駅のどちらからもバスで十分ほどかかる。
アルバイトらしい店員が一人か二人レジにいるだけの、こぢんまりした店だ。
適度に薄暗く、ラジオも有線放送もかかっていないところが気に入っている。
神山が本棚の間の狭い通路で文庫本を立ち読みをしていると、今日もその店員が見ていることに気が付いた。
レジ台の上に開いた本と、神山の間を行き来する視線。
やがてそれは神山に固定され、じっと無遠慮に見つめてくる。
初めてその視線に気が付いたのは、冬の初めの寒い日だった。
初めは、万引きへの警戒かとも思った。コンビニでもスーパーでも、神山はよく疑いの視線を向けられる。だから、店内で店員から見られることに、神山は慣れていた。
だが、見張るにしてはあまりにもあからさまだ。神山に気づかれることを気にしない様子に違和感があった。他の店員が気にとめている様子はない。
だから、神山もその店員を盗み見るようになった。
そして気がついた。
神山と同質のその視線は、純粋な興味だと。
店員自身、神山をいつも見つめていることに気がついていないらしい。
何かの作業の合間に、あるいは暇にまかせた読書の途中で、神山を見ては、神山が本棚の間に消えると元の作業や読書に戻る。
男に、興味を持つような種類の人間なのか。それとも神山が奇抜に見えから目を引かれてのか。
――しばらく様子を見るか。
神山は、この問題をしばらく棚上げにすることにした。
いつも通り、適当な文庫本を持ってレジに向かう。
東京では数日前に初雪が降った。
「どうするかな」
無意識に呟いて、神山はハッとした。
立ち読みしている文庫本から、視線を上げてレジの様子をうかがう。
店員は、ハイネックのセーターを着た肩をすぼめて寒そうにしている。こちらを不審に思っている様子はない。
背後にあるストーブは、隙間風の吹き込む店内では効きが悪いようだ。
一瞬だけ、目が合った。相手が慌てたようにそっぽを向く。
神山は手近な棚に、読みかけの本を突っ込んだ。代わりの本を取り出す。
埃っぽい匂いが漂う。
在庫を確認する。買い取りの依頼をする。会計時に挨拶をする。
そんなまどろっこしい手順を踏むのは、神山の好みではない。
距離を詰めるなら一気に。
だから今日もいつも通り、ただのお客としてレジに向かう。
無造作に棚から引き抜いた本のタイトルは知らない。