【国安×奏瑪】この恋、非売品。

缶ビール1本の逢瀬

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このシリーズは、成人向けの表現を含みます


 夜。
 仕事が終わって裏口を出る。路地と言うにも細い、建物の隙間を抜けたバス通りに、背の高い男がガードレールに腰掛けていた。
「おう」
 男が、片手を軽くあげて合図をしてくる。
「あ」
 国安くにやす朔斗さくとはこの男を前にすると、いつも口ごもる。
 敬語にするべきか、タメ口をきくかで迷うせいだ。
 男が、上げていた手を、反対の手に提げていたビニール袋に入れた。
 中身を一つ取り出して、投げて寄こす。
「どうも」
 缶ビールである。朔斗はそれ程アルコールには強くない。350ml一本が飲みきるのにちょうど良い。
 男の隣に腰掛けて、プルトップに指をかける。
 プシュっという音が二つ重なった。
「お疲れさん」
 同じ銘柄のロング缶を、男がカツンとぶつけて来た。乾杯のつもりらしい。

 大して話をするわけではない。お互いに、今日あったことを細々と喋るような性格でもない。
 アルコールのせいか、少し火照った頬に、春の終わりの夜風が心地よい。
「明日は、」
「二限だけ、です」
 迷った末、敬語にしてしまうのも、いつもの癖だ。
「ふうん」
 言って男がビールを呷った。朔斗もつられて口を付ける。
「神山さんは」
「一限から。しかもゼミだぜ」
 神山奏瑪かなめが顔をしかめた。
「ああ、深見先生の」
 あの人は学生嫌いだからと朔斗が言う。
「学生が嫌がる時間に授業を入れるんです」
 少しぼんやりしてきた思考。ビールを飲みきった缶を潰す。
 神山が喉を鳴らす音が、やけに耳に付く。
 少しだけ高いところにある唇に、ぼんやりと視線をやった。
 神山は、朔斗がアルバイトをしている古本屋のシャッターを見ている。

 やがて缶ビールを飲み終えた神山がビニール袋に空き缶を入れ、朔斗を見た。朔斗も弄んでいた缶を入れる。
 どちらからともなく顔を近づけた。
 触れるだけのキス。
 足りないと思うまもなく、再び触れた唇。今度は遠慮がちに舌が伸ばされる。朔斗が受け入れると、空いた手で後頭部を支えた。
 耐えきれなくなった朔斗が神山の肩を掴もうとすると、神山はすっと身を引いた。
「お前は」
 神山の呟きを、ぼんやりとしていた朔斗は聞き逃した。
「え」
「いや。じゃあ、帰る」
 神山が立ち去るのを、朔斗はただ見送った。


この恋、非売品。

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