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相変わらずの雨の中、久しぶりに大学へ行った弘哉は、学食の入り口で三上を見つけた。
「この間は世話かけて悪かった」
「おれパスタがいいんだけど。カルボナーラの大盛り」
「分かった。席取っといて」
財布だけ出すと、弘哉は三上にリュックを預けた。
「おう。窓際で探しとく」
学食はチェーン店と、地元の飲食店がいくつか入ったフードコート形式になっている。
三上に席の確保を任せた弘哉はパスタ屋に並んだ。食券を二枚買う。先日の借りがあるため、今日は弘哉のおごりだ。
パスタのセットがのったトレイを二つ持って席に着く。すでに三限目が始まっている時間のため、他の人とは相席にならずに済んだ。
「体調はもう良いのか」
「うん」
弘哉の返事に、三上は顔をしかめた。
「その割にはひどい顔してるぜ」
この雨にあたってぶり返すなよと、大盛りのカルボナーラにフォークを突っ込みながら三上が言う。
「体調は、本当にもう大丈夫なんだけど」
弘哉は俯いて、ボンゴレのアサリをつついた。三上が無言で先を促す。
「兄さんと、対等にはなれなくても重荷にはなりたくないなって、思ってて」
「こないだもそんなこと言ってたっけ」
三上に言われて弘哉は頷いた。
「兄さんにとって俺は、親戚から預かった子どもなんだよ」
弘哉はフォークに巻き付けたパスタを口に運んだ。
それから、どちらも無言で食べ進める。気まずくなった弘哉は何か話そうとしても、何も話題を見つけられなかった。
「お前、高杉さんとちゃんと話してるのか」
ずいぶん経ってから、三上が口をきいた。
「何を」
弘哉は持てあまし気味のボンゴレを、無意味にかき混ぜながら聞き返す。
「俺に話してるようなことだよ」
「昨日、一応は」
「子ども扱いされたくない、って言うのはお前の気持ちなんだよな」
大盛りのカルボナーラと付け合わせのサラダを胃袋に納めた三上は、パンナコッタに手を伸ばす。
弘哉はボンゴレを食べきるのを諦めてフォークを置いた。自分の分のパンナコッタを三上のトレーに無言で移す。
「で、『兄さん』の気持ちはどうなんだよ」
「え」
「結局、自分の気持ちばっかり優先して、高杉さんがどんな気持ちなのかは考えてない。そういうのを世間じゃ『子ども』って言うんじゃないのか」
二つ目のパンナコッタをあっという間に食べきった三上は、トレイを持って立ち上がった。
「風邪っぴきの世話して愚痴まで聞いてやったんだから、優しいオニイサンと違って俺はこれ以上は面倒見ないぜ」
わざとらしく言うと、三上は弘哉が何か返事をする前に立ち去った。
清也が職場のディスカウントショップに着くと、同じくフリーターをしている
「なあ、高杉んところは同居人と上手くいってるのか」
久し振りの挨拶もなく切り出してくる。
「まあまあ、かな」
「『まあまあ』って顔じゃないぜ」
「喧嘩はしてないよ」
やけに気にしてくるのは、椎名が恋人との同棲を考えているからなのだろうと清也は思った。
「『喧嘩
清也がその言葉に応えなかったのは、客がレジに来たせいばかりでもない。大学や仕事帰りの人たちで混み合う時間帯だ。仲間同士でわいわい騒いでいる大学生らしいグループを見ると、弘哉が家でそのような表情を見せたことがないことが気に掛かった。いつもどこか遠慮した様子で、二度ばかり怒らせてしまったときも、言いたいことを我慢しているように見えた。
「椎名はどうなの」
ようやく手が空いて、清也は椎名に聞き返した。
「どうって」
「同棲、するって言ってただろ」
「ああ、アレか。なくなった。相手が浮気してたっていうか、俺が浮気相手だったというか」
語尾が小さくなる。触れて欲しくない話題だったらしい。清也に背を向けて、レジ袋の残数を確認し始めた。清也も特に追求したいわけではない。
「でもさ、喧嘩すら出来ないって事は、お互いに思ってることが言えてないって事なんだよな」
しばらく接客や業務を続けた後で、椎名の方から再び口を開いた。
「俺には伝える価値もないって思われてんのかな」
その呟くような声に、清也はハッとした。
「高杉は、ちゃんと伝えてやってるのか」
「家事とか、無理してやらなくていいとは」
「そうじゃねえよ。高杉が言わなきゃいけないのは、『どうして』の部分だよ。
「そうだな。大切にしたい相手だよ」
「ならそれを伝えてやれよ」
俺みたいに手遅れになる前にと、椎名は力なく笑った。