Views: 2
目的の参考書を見つけた樫野翔太は、レジに向かう途中、文庫本の棚の前で立ち止まった。最近映画になったことで話題の作品を立ち読みする。が、翔太はそれほど面白いと思えずに買うのをやめた。平積みされている本の表紙を眺めなから棚の間を歩くが、これと言って惹かれる本はない。寂れた商店街の本屋に、他の客はほとんどいない。女子高校生が、音楽雑誌を立ち読みしながら喋っていた。パーカーのフードを被った若い客が一人、文芸書を立ち読みしている。店主の老人は暇そうにカウンターの中でハードカバーの本を開いており、客の行動など気にしていない様子だ。
隣のコーナーに移動した翔太は、何冊かの本の表紙とあらすじに目を通した。ライトノベルのコーナーである。ビニールが掛けられ中身は分からない。可愛らしい女の子が描かれた表紙の本はあまり興味がなく、すぐに棚に戻す。少年が主人公らしい本を一冊選んで、左腕に抱えた参考書と身体の間に挟んだ。
棚の一番端まで来た翔太は、素早く周囲を見回した。女子高生達は、既に店内にいない。フードを被った客の姿は見えない。店主は常連らしい年配男性と雑談を始めていた。翔太が手に取ったのは、男性二人のイラストが表紙に描かれた、見る人が見ればそれだけでジャンルが分かる本である。発売情報を見て楽しみにしていた本だ。隠すようにしながら、何食わぬ顔でレジまで移動する。
「……から早いところ証拠が欲しいんだけどねぇ」
「防犯カメラは付けたんだろ」
店主の言葉を受けて、客が天井を指さした。
「大きな声じゃ言えないけどね、ダミーだよ、アレ。百均のヤツ」
「へえ、よく出来てるねえ」
本物は高くてねぇとこぼす店主が、翔太に気がついた。
「いらっしゃいませ」
促され翔太は無言で本をカウンターに置いた。よく言えば年季の入った、傷みが目立つ代物だ。
「――円。カバーは掛けますか」
「お願いします」
財布を出しながら翔太が答える。母親から渡された五千円札をトレイに置き、会計を済ませる。翔太が財布をしまう間に店主は慣れた手つきで紙のカバーを文庫本に掛けた。本の袖の部分もきちんとカバーに入れてくれることも、翔太は気に入っていた。だから、欲しい本はまずこの店で探すことにしている。